公募研究
本研究は、社会性昆虫であるアリが生来備える高度な社会性行動に着目し、個体間相互作用に基づき各個体の社会性行動が柔軟に制御されるメカニズムを分子生物学的に明らかにすることを目的とする。近年、ヒトを含む霊長類やげっ歯類において、神経ペプチドであるオキシトシンが社会性行動へ関与することが明らかにされた。さらに、オキシトシンの昆虫ホモログであるイノトシン(Inotocin)が複数種のアリにおいて高度に保存されていることが報告された(Gruber, 2013)。本研究では、アリの労働分化形成におけるイノトシンシグナルの生理機能解明を目指している。これまでに定量PCR法を用いた遺伝子発現解析により、中枢神経系、および末梢組織の中でも特に脂肪体にイノトシン、および受容体が高く発現することが明らかとなった。またイノトシンおよび受容体を特異的に検出する抗体を作成し、組織中において限られた細胞種が高い発現を示すことが明らかとなった。また、イノトシンシグナルを人為的に操作する実験系の構築として、化合物ライブラリーからイノトシンシグナルを阻害する因子を網羅的に探索し、いくつかの候補化合物を得ることに成功した。dsRNA投与による遺伝子発現抑制実験については、dsRNAをインジェクション投与することにより、その発現を6~7割程度にまで下げることに成功している。今後はこれらの人為操作実験をより詳細に評価し、その効果を行動アッセイや寿命測定、生理機能解析により明らかにすることを目指す。
2: おおむね順調に進展している
これまでに社会性昆虫アリにおいて、特に労働アリでイノトシンおよびその受容体が高く発現することが明らかとなった。また、抗体作成により、これらのシグナルを高く発現する細胞種を中枢神経系、および末梢組織において同定することに成功した。これらの細胞においてイノトシンシグナルを人為的に操作し、その生理機能の解明を目指している。薬理学的な操作実験として東京大学創薬機構が保有するおよそ22万の化合物ライブラリーを用い、イノトシンシグナルの活性阻害効果を培養細胞系にて検証した。その結果、イノトシンシグナルに対して阻害効果を持ち、一方で構造の類似性が高い哺乳類オキシトシン、およびバソプレシンシグナルに対しては同等の効果を持たないものとして、これまでに4種まで候補化合物を絞り込むことに成功した。以上の結果から、本研究はおおむね順調に進展していると考える。
今後はこれまでに得た4つのイノトシンシグナル阻害化合物についてより詳細な評価を行う。具体的には、イノトシン受容体を強制発現するトランスジェニックショウジョウバエを利用し、その活性阻害効果をより生体に近い状態で検証する。またこれまでにイノトシン受容体が高く発現することがわかっている労働アリの脂肪体組織において、これらの化合物投与による活性化アッセイを行う。また、合成イノトシンペプチドの投与により行動にどのような変化が生じるかを検証することで、イノトシンシグナルの労働アリにおける生理機能、および行動制御における機能を解明する。
すべて 2016 その他
すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件、 オープンアクセス 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 1件、 招待講演 2件) 備考 (1件)
eLIFE
巻: 5 ページ: e20375
DOI: 10.7554/eLife.20375
http://www.f.u-tokyo.ac.jp/~genetics/index.html