本研究は、社会性昆虫であるアリが生来備える高度な社会性行動に着目し、個体間相互作用に基づき各個体の社会性行動が柔軟に制御 されるメカニズムを分子生物学的に明らかにすることを目的とする研究課題である。これまでに、アリにおけるオキシトシン・バソプレシンホモログであるイノトシンの発現解析、及び機能解析を行った。イノトシンとその受容体は労働アリにおいて高く発現し、イノトシン前駆体は中枢神経において特異的な神経細胞に局在が観察され、合成されたイノトシンの機能性ペプチドは全身に発現することがわかった。また、その作用部位として、イノトシン受容体が腹部に存在するエノサイトと呼ばれる細胞に高く発現することを見出した。昆虫においてエノサイトは体表に発現する炭化水素を合成する場であることが知られている。dsRNAを用いた遺伝子発現ノックダウン実験、及び化合物ライブラリを用いた網羅的スクリーニングによりイノトシンシグナル阻害剤を同定し、薬理学的な阻害実験を行うことにより、イノトシンは体表炭化水素合成に必須な酵素であるCYP4G1の発現制御を介して炭化水素合成を制御することが明らかとなった。また、炭化水素の合成制御を介して労働アリの乾燥環境への耐性獲得に寄与する可能性を見出し、これらの研究実績は2019年3月にPNAS誌に発表した。
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