研究領域 | こころの時間学 ―現在・過去・未来の起源を求めて― |
研究課題/領域番号 |
16H01520
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研究機関 | 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所) |
研究代表者 |
井手 正和 国立障害者リハビリテーションセンター(研究所), 研究所 脳機能系障害研究部, 特別研究員(PD) (00747991)
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研究期間 (年度) |
2016-04-01 – 2018-03-31
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キーワード | 感覚過敏 / 感覚鈍麻 / 時間分解能 / 自閉スペクトラム症 / 触覚 / 時間順序判断 / 検出閾 |
研究実績の概要 |
本研究では、自閉スペクトラム症(Autism-spectrum Disorders: ASD)の感覚過敏が、刺激に関する過剰に向上した時間処理精度に起因する可能性を検討する。この感覚過敏を心理物理実験で検討した研究(Cascio, et al., 2008)は、ASD児・者では触覚刺激の検出閾が低下していることを示唆している。しかし、定型発達児との間に差が無いという報告もあり(Guclu et al., 2007)、この特徴のみで感覚過敏が説明できると考えることは難しい。一方で、ASD児・者は、しばしば蛍光灯の光の点滅を感じ、それが非常に辛いと訴える。これは過剰に高い感覚刺激の時間分解能を持つことに起因する可能性がある。我々は、ASD者と定型発達者を対象に、触覚刺激の検出閾、時間分解能を測定し、質問紙で評定した感覚過敏の程度との関連を検討した。その結果、触覚刺激の検出閾の平均値に差は無く、感覚過敏の得点との関連性も見出されなかった。時間分解能に関しても、平均値には差がなかった。しかし、ASD者では、感覚過敏の評定値が高ければ高いほど、刺激の時間分解能が高くなるという関連性を見出した(Neuroscience 2016,第39回日本神経科学学会大会にて発表)。また、触覚過敏を示す1名のASD者は、過剰に向上した時間処理精度を有し、わずか6.5ミリ秒の時間差であっても触覚刺激の順序を正しく判断できた(第94回日本生理学会にて発表)。以上の結果は、従来から言われていた刺激に関する検出閾の低下だけでなく、高い刺激の時間処理精度が感覚過敏を引き起こす可能性を示唆する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は、感覚過敏が刺激の高い時間処理精度と関連し、検出閾の低下だけでは説明できないことを明らかにした(Neuroscience 2016; 第39回日本神経科学学会大会)。更に、極めて高い刺激の時間分解能を有する1名のASD者を対象に、その時間処理能力を検討した。その結果、触覚・聴覚それぞれの単感覚、聴覚―触覚の異種感覚間で、定型発達者の標準偏差の2倍以上の時間分解能を有することを示した(第94回日本生理学会)。また、既にこの当事者の脳画像と数十名の定型発達者のそれの撮像を終えている。これらの研究から得た洞察を基に、第94回日本生理学会ではシンポジウム「多様な感覚に基づく身体機能の調節 ―基礎と臨床の視点から―」をオーガナイズし、基礎研究者と臨床家が、いかに互いに協力関係を築き、価値のある研究と臨床への還元を目指し得るかということを議論した。初年度予定していた研究を基に、次年度以降の研究のための準備を進め、成果を積極的に発信した。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までに、触覚・聴覚に関して、極めて高い時間分解能をもつ1症例に関して、脳の構造解析を進めている。現時点で、側頭極を始めとする側頭葉の複数の領域で、容積の増大が見られることが分かっている。この部位は音の処理に関わることから、触覚と聴覚を共通して、聴覚野で処理している可能性を示唆する。この点を明らかにするため、触覚刺激と聴覚刺激の時間順序を解答している際の脳機能計測を行う。更に、心理物理実験で、刺激の時間分解能と感覚過敏との関係の更なる検討を進める。昨年度は、触覚の時間分解能が、質問紙で評定した感覚過敏の程度と結びつくことを明らかにした。しかし、これだけでは、個々人の刺激の時間分解能が、直接的に感覚印象の強さの元になっているとは言い切れないため、この点を関係性を解明することを目的とした研究を実施する。本年度は、認知神経科学と心理物理の手法を駆使し、ASD者の時間知覚と感覚過敏との関連性を明らかにする。
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