研究実績の概要 |
自閉スペクトラム症(Autism spectrum disorders: ASD)者の90%以上が、感覚過敏を始めとする感覚の障害を有すると言われている(Marco et al., 2011)。これまで、ASD者では、触覚刺激に関する検出閾が定型発達者と比べて低いという報告や(Cascio et al., 2008)、同等であるという報告(Guclu et al., 2007)など、多様性が示唆されている。我々は、刺激に対する時間分解能が過剰に向上している状態が、感覚過敏を引き起こすという仮説を検証した。時間順序判断(Temporal order judgment: TOJ)課題を用い、どの程度の時間差で、刺激の時間差を正確に答えることができるかを調べた。実験の結果、時間処理分解能が高いASD者ほど、感覚過敏のスコア(青年・成人感覚プロファイル)が高いことが明らかになった。また、実験の過程で、触覚と聴覚に関して極めて高い時間分解能をもつASDの症例を見出し、その処理精度を生じさせる神経基盤を検討した。MRIを用い、TOJ課題中の脳活動を計測したところ、本症例では、定型発達者23名に比べて、左側の上側頭回、中側頭回、腹側運動前野、上前頭回で強い活動が見られた。これらの部位のうち、左腹側運動前野(Ventral premotor cortex: vPMC)に被り、やや前方に位置する左中前頭回の活動の程度が、個々人の時間分解能と正の相関を示した。更に、TOJ課題中のvPMCの活動が強いほど、感覚プロファイルの得点が高くなることも明らかになった。以上の結果から、検出閾値が感覚過敏に関わるという従来の知見に対し、刺激の時間分解能がそれに関わる可能性を示した。また、刺激の過剰な時間分解能と感覚過敏が、共通して左側のvPMCと中前頭回の非常に強い脳活動に起因することが示唆された。
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