公募研究
本研究では、がん組織の各細胞を解析の最小単位として、それぞれの細胞特性をRNA-seq発現解析で決定し、個々細胞の特性解析の結果を統合して解析する要素還元論的アプローチで、がん組織の全体像を理解する事を試みる。そのために、画期的なシングルセル解析法を用いて、マウス炎症発がんモデルで作成した大腸がん組織、及びマウスPDXモデルで作成した大腸がん組織を解析し、腫瘍を構成するがん細胞、及び非がん細胞の分類及び各細胞群の特性を決定し、数万個の細胞のRNA-Seqによるデータを統合解析する事により、バーチャルながん生体時空間におけるシステム的統合理解を深める事を目指している。初年度は、ハイスループットのシングルセル遺伝子発現解析法を確立する目的で種々の予備実験を行った。すなわち、マイクロ流体チップ中で、単一細胞とバーコード化された単一oligo-dTビースをを含むドロップレットを作成する。各流路の流速、細胞濃度、ビーズ濃度等を調節し、各細胞mRNAと結合したoligo-dTビースを含むドロップレットを、疎水性オイル中より回収後、oligo-dTビースに結合したmRNAをReverse Transcription反応により、cDNAに変換した。さらに、各ビース上で生成したcDNAを回収、断片化した後、アダプターを接着し、次世代シークエンサーを用いたリード数測定により、各遺伝子の発現レベルを定量した。これの解析において、Dolomite Microfluidics社より購入したDropseq用の機器、及び10x Genomics社の機器(Chromium)の両者を検討中である。これらの実験と並行して、がん組織中のEpCAM陽性上皮細胞を対象とした40~50遺伝子のシングルセル解析を行なっており、これらの研究結果が今後の大規模シングルセル解析の参照として有益である。
2: おおむね順調に進展している
初年度は、大規模シングルセル解析に必要な予備実験を繰り返し、来年度に予定しているがん組織多様性の決定に向けた実験条件、研究体制は整いつつある。研究対象としては、1種類目は、Apc遺伝子変異を有するMin(Apc)マウスのDSS経口投与による炎症発がんモデルに由来する大腸がんを用いる予定であるが、これらの検体は常時使用可能な状態にある。解析法としては、Dolomite Microfluidics社より購入したDropseq用の機器、及び10x Genomics社の機器(Chromium)の両者を検討中であるが、現在までの所、Chromiumで細胞分離、解析細胞数で良好な成績を得ており、これらを本実験で使用する予定である。Dropseq機器は現在までの所、細胞のdroplet分離に問題を抱えており、コストが安いというメリットがあるものの、実用化にはやや距離があると考えられた。このように、当初予期していない機器の問題はあったものの、実験の条件は整いつつあり、実験は概ね順調に進展していると言える。
今後の方針としては、初年度で確立しつつある実験条件を使い、大腸がん組織の多様性の大規模シングルセル発現解析を行う。がん組織を採取、細胞を単離後、Chromiumを用いた、大規模シングルセルcDNA合成を行う。cDNA合成後、PCR増幅、BioAnalyzerによる定量、断片化、3'端cDNAの増幅及びアダプター接着(Nextera XT DNA sample prep kit、Illumina)等の過程の後に次世代シークエンサー(Illumina 2500)による発現測定を行う。このようにして得られた2~3 x 104個のがん組織構成細胞の遺伝子発現結果について統計的解析を行う。まずクラスタリング解析により、構成細胞を幾つかの細胞群に大別するが、各細胞に特異的に発現する遺伝子の発現プロファイルより、どの細胞群が、がん細胞か非がん細胞(繊維芽細胞、内皮細胞、免疫系細胞等)か特定する。さらに各細胞群において、詳細な亜細胞群の分類を行う。次に各細胞群を特徴づける遺伝子群等を用いて、主成分解析等の数理的解析を行い、がん組織構成細胞の包括的なstratificationを確立する。これらの解析により、がん組織がどのような細胞群で、又どのような細胞比で構成されているか検証できる。さらに、上記解析を時系列に沿って行う事で、臨床的に重要な情報を得る事を期待する。すなわち、炎症発がんモデルにおいて、非がん部の腸管、adenoma、adenocarcinomaと、がんの各進展段階より組織を採取し、解析結果を照合比較する事により、がん細胞のみならず、がん細胞をとりまくnicheの変化、Cancer-Associated Fibroblastsの出現、免疫系細胞の動態等も同時に検証し、がん化にともなう微小環境の変化を俯瞰する。
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月刊「細胞」
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