公募研究
本研究では、西部北太平洋、特に親潮・黒潮およびその源流域の鉄循環における有機リガンドの役割について明らかにすることを目指している。本年度は、黒潮の源流域であるケラマ海裂周辺および西部北太平洋亜熱帯域のサンプルの採取に加え、過去に親潮・黒潮域表層で取得した海水試料の分析データの再解析と東シナ海で採取された海水試料の分析を行った。また、これまで他海域で報告されている有機リガンドの分布との比較を行うことを目的とし、過去に報告されている鉄の有機リガンドの分析法である競合リガンド平衡-吸着カソーディックストリッピングボルタンメトリー(CLE-ACSV)法のうち、主に海水分析で使用されている2種の方法の比較を行った。過去の親潮域、黒潮域、東シナ海における研究航海で採取された表層試料の有機リガンドの濃度および条件安定度定数について分析あるいは再解析した結果、濃度・条件安定度定数共に西部北太平洋表層では親潮域と黒潮域の間に有為な差は認められなかった。一方、東シナ海から得られた試料では親潮域・黒潮域に比べ有機リガンドが高い濃度で存在した。この結果から、陸棚域である東シナ海が鉄輸送の鍵となる有機リガンドの供給源として重要である可能性が示された。また、有機リガンド分析法の比較では、夏季東シナ海陸棚域の表層海水試料を対象に、それぞれ2-(2-thiazolylazo)-p-cresolとsalicylaldoximeを使った2種類の有機リガンド分析法で分析した。その結果、東シナ海陸棚域から得られた有機リガンドの濃度および条件安定度定数はsalicylaldoximeを用いた手法で分析した結果の方が高いことが示された。Salicylaldoximeを用いた手法は腐植物質を多く含む試料中の有機リガンドの分析に適していることが指摘されており、本研究においてもそのことが示唆される結果となった。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、競合リガンド平衡-吸着カソーディックストリッピングボルタンメトリー(CLE-ACSV)法による天然鉄有機リガンドの分析方法の比較については、これまで報告例が世界的に見て極めて限定されている腐植様物質を含む海水試料の分析に有効とされるsalicylaldoximeを用いた新手法と、専用ソフトProMCCによるCLE-ACSV法滴定結果の解析法の双方について今年度内に導入することができた。また、今年度実施された研究航海では黒潮源流域含む西部北太平洋亜熱帯域からの鉛直的な海水試料を採取できたことから、研究は概ね順調に進展していると判断できる。
(1)天然鉄有機リガンドの分析方法の比較鉄の有機リガンドの分析方法の比較に関して、今回は腐植物質が多く含まれることが想定される陸棚域の表層サンプルのみを用いて測定方法の違いを調べ、分析方法の違いによって得られた有機リガンドの濃度と条件安定度定数が変化した結果を得た。一方、外洋域で行われた先行研究(Buck et al., 2012)では、外洋表層の海水試料に関しては結果に大きな差が見られていない。よって、海域や深度の違い、すなわち海水中に含まれる有機リガンドの種類によって分析法の違いの影響が変わることが想定される。このことから、今後1年で海域別、深度別の分析方法の違いによる比較データを蓄積することで、方法の相違性をより詳細に明らかにしていく。(2)親潮・黒潮とその源流域における天然有機リガンドの濃度および錯形成能の分布の解明西部北太平洋におけるCLE-ACSV法を用いた鉄の有機リガンドの分布の報告例は極めて少ない上、salicylaldoximeを用いたCLE-ACSV法による報告例に限ればまだ1例も無いのが現状である。よって、本年度採取された試料の分析など解析を進めることにより同海域の鉄供給プロセスに関わる有機リガンドの役割が明らかになることが期待される。これまでのデータは表層に限定されていることから、本年度黒潮源流域および北西太平洋における観測で採取された鉛直的な試料の解析を進めることで、より詳細な有機リガンド分布の解明が期待される。
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Deep-Sea Research I
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