西部北太平洋亜寒帯循環域は基礎生産が高く,生物活動によるpCO2の変動が大きい海域である.この海域の表層では栄養物質の一つである鉄の濃度が低く,鉄の不足が基礎生産を制限している.一方で,中層には鉄が高濃度で溶存していることが知られており,鉄を豊富に含む中層の水が,鉛直混合を介して表層に供給され,高い基礎生産を支えている可能性が考えられている.本研究では北太平洋域の中層に高濃度で分布する鉄を数値シミュレーションにより再現し,分布をつくる仕組みを調べた.これまで北太平洋の中層に高濃度の溶存鉄が分布する仕組みとして,中層循環を介した溶存鉄の等密度面輸送が指摘されていた.本研究ではその過程に加え,沈降速度が遅い粒子を介した等密度面をまたぐ鉄の輸送が,中層水形成域以外の陸棚堆積物に由来する鉄を中層に供給し,高濃度の溶存鉄を分布させていることを明らかにした.また,沈降速度が遅い粒子が鉄を輸送する担体として機能する理由として,粒子の凝集・分解過程が密接に関係していることが示唆された.この輸送過程により,オホーツク海及びベーリング海の陸棚で供給された鉄は外洋へ輸送され,西部北太平洋亜寒帯域の中層に分布する溶存鉄の半分以上は縁辺海を起源にもつことを示し,縁辺海からの物質輸送が大洋規模の物質循環を駆動していることを明らかにした.今後,中層に分布する鉄が潮汐による鉛直混合を介して,西部北太平洋亜寒帯循環域の基礎生産を支える仕組みを明らかにしていく.
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