本研究では、大規模な人間集団の同期現象によって魅力的な芸術表現を実現している典型例として、インドネシア・バリ島の祭祀祝祭芸能をとりあげ、その表現行動を支える脳機能の同期性を明らかにすることにより、「阿吽の呼吸」のコミュニケーションを支える神経基盤を明らかにすることを目的とした研究を実施し、以下の成果を得た。 1.ノイジーな振動子集団のシンクロを最適化するネットワークモチーフ:ケチャの演奏者を振動子とみたて、ネットワーク上のノイジーな振動子集団について、ラプラス行列が非対称な場合の集団の同期の良さを定量化してネットワーク構造の優劣を比較し、少数の振動子からなる強連結ネットワークの同期の良さを明らかにした。その結果から、上級者を振動子集団の先頭に配置するときに良い同期が得られることが示された。 2.カエルの鳴き声の同期性とケチャ合唱リズムパターンとの相同性の発見:2匹のカエルが鳴き交わすときには、位相180度で交互に鳴くことが知られているが、3匹が同時に鳴き交わすときには、3匹が均等に3連符の様に鳴く状態と、2匹と1匹が交互に鳴き交わす状態とがあり、両者の間で相転移が生じる。ケチャの合唱パターンを詳細に解析してみると、この両者がリズムパターンの中に埋め込まれていることが明らかになった。 3.同期型音楽演奏中にトランス状態を呈した被験者の自発脳波の記録と解析:屋外で音楽演奏中の被験者から脳波を記録することが可能なフィールド用テレメトリ型多チャンネル脳波記録システムを開発し、バリ島の祭祀芸能において、舞踊を伴うガムラン音楽を演奏中に憑依トランスを呈した7名の被験者から自発脳波を記録した。その結果、憑依トランスの最中には、禅や瞑想中に観察されるのと同じように、自発脳波のα波θ波の帯域成分のパワーが統計的有意に増加することを明らかにした。
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