本研究は、宇宙と地上の高次ストレス下での社会性機能の維持(破綻)機構を解明すること、その研究成果を現代ストレス社会の病理の克服に応用することを目的とするものであった。この目的を達成するために、本研究では2つの高次ストレス環境における社会的情報処理プロセスの機能変化および神経生物学的な基盤に関する研究に取り組んだ。(1)閉鎖環境ストレス研究では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が有する閉鎖環境適応訓練施設に2週間滞在する閉鎖実験にサンプルシェアとして参加し、閉鎖環境ストレスが社会性機能に及ぼす影響を調べるための心理学実験データを取得した。社会生活を送る上で必要不可欠な社会性機能のうち表情認知に焦点を当てた。実験課題の認知行動指標を用いて、閉鎖環境ストレスに伴う社会性機能(前熟慮的または熟慮的な表情認知能力)の変化を探索している。閉鎖環境ストレス研究では、データ取得から解析の段階であり、引き続き成果報告および社会発信に取り組んでいく。(2)養育環境ストレス研究では、抑うつ気分といったストレス状態がより高い養育者ほど、子どものではなく大人の気持ちを推測する課題を遂行中の右下前頭回の活動がより低下したが、それらの課題成績(正答率など)に低下がなく維持されることが分かった。養育者が他者の気持ちを推測する能力の認知行動面の指標が低下する前に、脳機能面の指標としてその能力に関与する神経基盤の一部の右下前頭回の脳活動が低下することが示唆される。養育環境ストレスに伴う社会脳機能の低下現象は、大人との対人関係性の問題へとつながりうる徴候として、養育環境ストレスに対する理解を促すとともに、養育者の子育て困難の予防的指標の開発・展開に資するものといえる。研究成果は、地上だけでなく宇宙での社会生活を支える社会性機能の維持機構の理解に貢献していくものといえる。
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