研究実績の概要 |
本研究では、チンパンジーを対象にすることにより、質感知覚の種を超えた普遍性や多様性、生後の経験の影響を明らかにすることを目的とする。平成28年度は、これまで検討してきた食物の質感知覚の1つである「鮮度」の知覚の特性についてさらに明らかにすべく、京都大学霊長類研究所のチンパンジー2個体とヒト9名を対象に検討した。 これまでの研究から、チンパンジーも野菜の表面のツヤやハリなどの「鮮度」の違いを、輝度分布などの視覚手がかりのみから区別できることが示されてきた(Imura, et al., 2016)。本研究では、このような視覚手がかりが、複数の葉の状態を判断する場合にも有効なのではないかと考え、ヒトやチンパンジーが、複数の葉の状態の「鮮度」を比べる能力について調べた。キャベツの葉の表面が、時間経過に伴い変化する様子を恒温恒湿室内で撮影した11枚の画像を用いて(撮影開始から1, 2, 3, 5, 8, 11, 15, 19, 23, 27, 32時間後)、1枚ずつ画像を見比べる場合と、3枚ずつ、あるいは6枚ずつ画像を見比べる場合とで、鮮度の違いを区別する能力に違いがあるかどうかについて、実験をおこなった。その結果、ヒトでは、画像の提示枚数が増加するにつれ、正答率が有意に増加した。この結果は、ヒトを対象とした先行研究とも一致するものである。ヒトでは、同一の鮮度を持つ画像を複数提示した場合に、低い鮮度を持つものはより低く評価されるのに対し、高い鮮度を持つものはより高く評価されることにより、鮮度の違いが強調されたと考えられる。一方、チンパンジーでは、ヒトとは異なり、画像の提示枚数の増加に伴う正答率の増加は見られなかった。以上の結果から、複数の葉の状態の「鮮度」の判断には、ヒトとチンパンジーで異なる可能性があることが示唆された。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究課題では、チンパンジーを対象にすることにより、質感知覚の種を超えた普遍性や多様性、生後の経験の影響を明らかにすることを目的とする。特に、平成29年度は、金属光沢を含む人工物の質感知覚について、チンパンジーとヒトを対象に比較することにより、質感知覚における接触経験の効果について検討する。 具体的には、領域内で開発された「質感標準テスト」を用いて、物体表面の光沢の強さの微妙な違いを区別する能力について調べる。近年のマカクザルを対象とした研究から、金属やセラミック、毛といった素材カテゴリの違いに対応する神経活動は、素材に触れる経験をとおして変化することが示されてきた(Goda, et al., 2016)。したがって、チンパンジーにとって馴染みのない新奇な素材、新奇な対象では、質感の知覚の感度もヒトとは異なる可能性がある。課題は、4つの物体の画像の中から、他とは光沢の強さの異なる物体の画像を1つ選び、選択するというものである。7種類の光沢の強さの異なる物体のうち、1種類を標準刺激とし、他の6種類と標準刺激を区別できるか否かについて調べることにより、光沢の強さに対する感度を測定し、ヒトとチンパンジーの感度を直接比較する。 また、「質感標準テスト」により得られたチンパンジーの結果は、領域内で実施される予定となっている、異なる文化圏、異なる年齢層の被験者の結果とも比較する。領域内の研究者とも連携しながら、質感知覚における接触経験の効果を明らかにする予定である。
|