不斉炭素に富んだ複雑な骨格は天然物の最たる特徴であり、立体化学が異なると生物機能が大きく変化する。よって、天然物の生合成経路において立体化学を規定する鍵酵素を特定し、その厳密な選択性を自在に操ることができれば、天然にはない立体化学を有する新規複雑骨格分子の創製が可能となる。本研究は、[4+2]環化付加反応を介した立体選択的デカリン形成を触媒する酵素Fsa2とそのホモログを対象に、酵素の構造機能相関の理解とそれに基づく非天然型構造を有する複雑骨格分子の創製を目指した。 Fsa2が関与する生合成経路の最終産物であるエキセチンと鏡像異性体の関係にある類縁化合物フォマセチンを対象に解析を行った。生産菌のゲノム解読とそれに次ぐノックアウト実験により、フォマセチンの生合成遺伝子を同定し、Fsa2ホモログであるPhm7が、Fsa2と同様、[4+2]環化付加反応を介した立体選択的trans-デカリン形成を担っていることを明らかにした。 さらに、Phm7が関与する[4+2]環化付加反応について、その反応経路と立体選択性に関する知見を得るため、密度汎関数計算解析を行ったところ、phm7遺伝子欠失株の代謝物プロファイルをよく支持する結果が得られた。phm7遺伝子をfsa2遺伝子に置換した遺伝子改変糸状菌から得られたフォマセチン誘導体は、非天然型立体配置のデカリン骨格を有していた。理論計算から、その生成にはより高い活性化障壁の遷移状態を経る必要があることが示され、酵素の立体配置の制御、すなわち環化付加反応で生じる4カ所すべての不斉点の立体配置を制御していることが明らかとなった。本成果は、[4+2]環化付加反応を担う遺伝子の改変によって、非天然型環構造を持つ天然物誘導体の創出に成功した最初の例となった。
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