多細胞生物において組織の損傷によって細胞死を起こした細胞は、死にゆく一方で生き残った細胞にシグナルを発して損傷の修復や組織再生を促すことが示されつつある。しかしながら、損傷組織の修復・再生は細胞増殖や細胞骨格の再編など複数の生命現象が時間的・空間的に制御されている複雑な生体制御システムであり、このメカニズムを解明するには組織内における細胞集団の動的変化を理解する必要がある。本研究では、ショウジョウバエ上皮をモデルとして損傷(細胞死)によって生じたJNKシグナル活性の細胞間伝播を死細胞の残したダイイングコードとして捉えて、その制御メカニズムと生理的役割を解析することで創傷治癒制御の動的制御を明らかにすることを目的とした。 当該年度では、まずJNKシグナル活性の細胞間伝播メカニズムを解析した結果、Adamプロテアーゼによる腫瘍壊死因子(TNF)のシェディングによってJNK活性が損傷部位から組織の広範囲に広がることを見出した。実際にAdam活性阻害やTNF欠損させることでJNKシグナル活性の細胞間伝播を抑制したところ、損傷組織の修復・再生過程に破綻が生じて最終的に異常なサイズ・形態をもつ組織が形成された。さらに、JNKシグナルは細胞間を伝搬する過程で活性酸素種(ROS)の誘導を引き起こし、これが化学誘引物質として免疫細胞を損傷組織へとリクルートすることを見出した。これらの解析と並行して、生体内でJNKシグナル活性の細胞間伝播の動態を捉えるべくJNK活性を高感度に検出するJNK-FRETバイオセンサーを発現するトランスジェニックフライの作製に着手し、それに成功した。
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