研究領域 | 行動適応を担う脳神経回路の機能シフト機構 |
研究課題/領域番号 |
17H05590
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研究機関 | 生理学研究所 |
研究代表者 |
佐野 裕美 生理学研究所, システム脳科学研究領域, 助教 (00363755)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 大脳基底核 / パーキンソン病 / ジスキネジア / 不随意運動 / 線条体 / 光遺伝学 |
研究実績の概要 |
パーキンソン病は黒質のドパミン作動性ニューロンの脱落に起因する神経変性疾患で、重度の運動障害が認められる。その治療にはドパミンの前駆体であるL-DOPAの投与が有効であるが、長期間のL-DOPAの服用はジスキネジアと呼ばれる不随意運動を引き起こす。これまでにL-DOPA誘発性ジスキネジアのメカニズムとして、L-DOPA投与により線条体のドパミン受容体が刺激され、ドパミンD1受容体を発現する線条体-黒質投射ニューロンが過渡に興奮し、ドパミンD2受容体を発現する線条体-淡蒼球投射ニューロンが過渡に抑制されることが提唱されてきた。そこで、線条体-黒質投射ニューロンにおけるD1受容体を介するシグナル伝達と神経活動とL-DOPA誘発性ジスキネジアの三者の関係を明らかにするため、マウスの線条体-黒質投射ニューロンにprotein kinase A (PKA)のドミナントアクティブ (DA)を発現させ、行動と神経活動に与える影響を解析した。 アデノ随伴ウイルスベクターをマウスの線条体に注入し、マウスの線条体-黒質投射ニューロンにPKAのDAを発現させた。片側の線条体の線条体-黒質投射ニューロンにPKAのDAを発現させたマウスでは、反対側へ回転する行動変化が認められ、線条体-黒質投射ニューロンに発現させたPKAのDAは運動を促進する作用があることが示唆された。 線条体の神経活動は麻酔薬の影響を受けやすいことが知られているため、覚醒下でマウスを脳定位装置に保定し、線条体-黒質投射ニューロンの投射先である黒質網様部における神経活動を細胞外記録により計測した。その結果、自発発火頻度や自発発火パターンに有意な変化は認められなかった。ところが、大脳皮質運動野を電気刺激したときの応答を黒質網様部で記録すると、線条体-黒質投射ニューロンを介すると考えられている応答の持続時間が有意に伸長していた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成29年度は、抑制性の光駆動性イオンチャネルであるArchaerhodopsinを線条体投射ニューロンに発現するトランスジェニックマウス (PDE10A2-tTA::tetO-ArchT)を用いて、L-DOPA誘発性ジスキネジアに対する線条体投射ニューロンの抑制の影響を、行動学的、電気生理学的に解析する予定であった。 ところが、PDE10A2-tTA::tetO-ArchTマウスの繁殖が計画通りに進まず、予定の個体数を得ることができなかった。そこで、平成30年度に行う予定であった、線条体-黒質投射ニューロンのドパミンD1受容体を介するシグナル伝達とL-DOPA誘発性ジスキネジアとの関係を明らかにする実験を先に行うことにした。 アデノ随伴ウイルスベクターを利用して、マウスの線条体-黒質投射ニューロンにPKAのDAを発現させたところ、自発運動が有意に増加することが明らかとなった。さらに、このマウスの神経活動を記録したところ、線条体-黒質投射ニューロンの投射先である黒質網様部の自発発火頻度や自発発火パターンには有意な変化が認められなかった。しかし、大脳皮質運動野の刺激に対する黒質網様部の応答を記録したところ、線条体-黒質投射ニューロンを介する応答の持続時間に有意に変化が生じていることが認められた。 平成29年度の実験と平成30年度の実験予定を入れ替えることになったが、進捗状況を総合的に判断すると、おおむね順調に進展していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
当初の予定よりも遅れていたPDE10A2-tTA::tetO-ArchTマウスの繁殖は、平成29年度の終盤で進み始め、予定の実験を行うことができる個体数にまで増えてきた。平成29年度に行う予定であった、L-DOPA誘発性ジスキネジアを誘発したPDE10A2-tTA::tetO-ArchTマウスにおいて、線条体への光刺激により線条体投射ニューロンの抑制を誘導したときに、ジスキネジアに変化が生じるのかどうかと、そのときの大脳基底核を構成する神経核の神経活動を記録する予定である。 一方で、平成30年度に予定していた、線条体-黒質投射ニューロンにおけるシグナル伝達とL-DOPA誘発性ジスキネジアとの関係を明らかにするため、パーキンソン病モデルマウスの線条体にアデノ随伴ウイルスベクターを注入し、線条体-黒質投射ニューロンにPKAのDAを発現させ、L-DOPAの投与なしでもジスキネジアが誘発されるのかどうかを観察する。また逆に、線条体-黒質投射ニューロンにPKAのドミナントネガティブを発現させたパーキンソン病モデルマウスにL-DOPAを投与し、L-DOPA誘発性ジスキネジアの誘発が起こらないのかどうかを検証する。
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