真核細胞中で内共生体由来のミトコンドリアや葉緑体がいかに巧妙な分子メカニズムを獲得することで必須の役割を担うようになってきたか、特にこれらオルガネラが外から多様な蛋白質を運び込む仕組みの解明は、細胞生物学上の重要課題となっている。また、蛋白質のような高分子が、脂質二重膜のバリアをいかに通過するのかという問題は、蛋白質科学の分野でも重要な研究課題となっている。両方の意味で、葉緑体包膜の蛋白質輸送装置は非常にユニークなものとなっている。われわれは、モデル植物シロイヌナズナを用いたこれまでの研究で、葉緑体蛋白質の包膜透過には、外包膜蛋白質膜透過装置TOCとともに内包膜の1メガダルトンの新奇な膜透過装置TICが必要であることを明らかにしてきた。包膜透過の駆動にはATPの加水分解エネルギーが必要であり、膜透過装置に付随したモーター蛋白質の関与が示唆されていたが、その実体については長年不確定であった。われわれは、その実体が計7種類の因子から構成されるまったく新奇な2メガダルトンのAAA型ATPaseモーター複合体であることを見出した。この複合体が内包膜においてTICと超分子複合体を形成して機能していることも明らかにした。このATPaseモーターの進化的起源は、葉緑体の起源であると考えられる内共生体が持っていたFtsHプロテアーゼであり、進化の過程でプロテアーゼとしての機能は消失したが、膜から蛋白質を引き抜くという活性が保持され、それがTICトランスロコンと機能的に結びつくことで葉緑体蛋白質膜透過に必須なモーター複合体として確立されてきたことがわかった。TICとモーター複合体には それぞれYcf1とYcf2という葉緑体ゲノムコードの蛋白質が含まれているが、これらは共進化してきたと考えられる。
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