意図された翻訳の停止/再開、すなわち機動的翻訳制御は新生鎖の機能化に関わる普遍的現象であることが、最近の研究で示されつつある。この制御は各tRNA種の濃度や量比、即ちtRNAレパートリーの影響下にあると考えられるが、tRNAレパートリーの変化が翻訳に及ぼす影響や、一時停止した翻訳の解除機構には不明な点が多い。本研究では、これらの点について、出芽酵母を用いた研究を進めた。 まず我々は、各tRNA種の絶対量の新規定量法を開発した。これにより、富栄養培地で対数増殖中の酵母のtRNA種が、0.030~0.73 pmol/μg RNAの範囲で存在することを明らかにした。酵母のtRNA量は各tRNA種の遺伝子数と高い相関を示すが、遺伝子当たりの発現量はtRNA種間で最大5倍の開きがあった。また、単位RNA当たりのtRNA量は定常期になると対数増殖期のおよそ1.6~3.8倍に増えていた。こうした事から、数倍程度という狭い幅で、生育環境に応じたtRNA種特異的な発現制御の存在が示された。 次に、tRNAレパートリーの人為的制御を目的として、誘導型CRISPRiを利用したtRNAノックダウン系を構築した。tRNA-LeuUAGに対してこれを適用し、完全に対応したコドンのデコードよりゆらぎによるデコードの方がtRNA量低下に敏感であることを明らかにした。 他方、機動的に翻訳されるmRNAとして近年明らかとなったモノソーム画分に集積する傾向のあるmRNA群のうち、特にミトコンドリアへ局在するタンパク質をコードしたmRNAに着目して解析を進めた。このうち、pumilioファミリーのRNA結合タンパク質Puf3依存にミトコンドリア表面に移行するmRNAでは、PUF3遺伝子の欠失でモノソーム集積が強まり、モノソーム状態から正常に翻訳が進むポリソーム状態への移行にPuf3が関わる事が示された。
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