公募研究
チラコイド膜のプロトン駆動力(PMF)はATP合成に使われるとともに、NPQの誘導など、過剰光に対する防御反応を起動する。この光の利用と防御のバランスは、環境要因によっても変化することから、葉緑体は鋭敏な環境センサーとして働く可能性が指摘されている。しかし、その分子機構はよくわかっていない。本研究では、ストレスで誘導される葉緑体のCa2+応答が、PMFや遺伝子発現などの葉緑体機能を変化させ、その結果生じる葉緑体シグナル(レトログレードシグナル)が、気孔応答や免疫応答などの細胞応答を制御するという作業仮説に基づき、各段階の分子機構を明らかにしていくことを計画した。平成30年度の主な成果として、まず第1に、①葉緑体Ca2+結合タンパク質のCASが、そのリン酸化を通じて光と免疫シグナルを統合し、気孔の光依存的開口を制御していることを明らかにした。また、CASは細胞膜のROS生成酵素RbohD活性を制御することで気孔の免疫応答を制御している可能性も示した。さらに、②ミトコンドリア機械受容チャネルMSL1のノックダウン変異体、ノックアウト変異体で、ABAが誘導する気孔閉口が全く見られなくなることを明らかにした。この結果は、ミトコンドリアの浸透調節や運動制御が気孔運動と関係することを示す最初の独創的な発見である。MSL1は、ミトコンドリア形態変化や光呼吸における葉緑体との相互作用に関係している可能性もある。他に、③葉緑体PMF制御に関わる新規タンパク質の探索を進めた。このように、本研究は概ね計画通りに進行している。特に上記①の成果は、葉緑体が環境センサーとして気孔の光及び免疫応答に関わることを示した重要な発見である、また、②の成果は、ミトコンドリアによる光合成制御につながる興味深い成果であると考えている。
2: おおむね順調に進展している
本研究で明らかにした特に重要な点は次のとおりである。①葉緑体タンパク質CASが、そのリン酸化を通じて、光シグナルと免疫シグナルの統合と、気孔の開閉制御に関係していることがわかってきた。この制御は、光合成を開始する朝における気孔開度を、病原体の存在の有無によって適切に制御する防御機構として、生理学的に重要な制御である可能性がある。本年度の研究で、その分子機構の解明を目指す。②先行研究で、ミトコンドリアが気孔制御をおこなう例はほとんど知られていない。ミトコンドリア機械受容チャネルMSL1による気孔のABA応答の制御の発見は、大変独創的な研究であると言える。気孔の開閉制御は光合成制御と密接な関係を持つ。また、ミトコンドリアと葉緑体の相互作用は、光級などにも重要な点である。MSL1は機械受容チャンネルであり、ミトコンドリア形態変化や葉緑体との相互作用に関係している可能性もある。MSL1の解析を進めることで、全く新しい光合成制御機構が見えてくることが期待される。以上の研究を進めることで、葉緑体やミトコンドリアの環境センサーとしての役割をより総合的に把握できると期待される。
平成29年度の研究で、葉緑体Ca2+結合タンパク質CASが光と免疫シグナルを統合して気孔開閉を制御していること、またミトコンドリア機械受容チャネルMSL1がABAに対する気孔応答を制御することなど、葉緑体やミトコンドリアが環境センサーとして気孔開閉を制御する新しい機構が見えてきた。光合成にとって、気孔の開閉制御は非常に重要な細胞応答である。平成30年度は、CASやMSL1が気孔開閉を制御する分子機構の解明を目指す。①チラコイド膜Ca2+結合タンパク質CASによる気孔制御機構に関する研究:CASはリン酸化されるタンパク質で、チラコイド膜PMFやCA2+によって制御される可能性がある。CASリン酸化の制御機構を解析するとともに、CASリン酸化の概日制御と、免疫応答のリズム制御に関係している可能性も検討する。また、CASが細胞膜H+-ATPaseおよびROS生成酵素RbohDを制御し、気孔応答をコントロールするの制御機構を解析する。さらに、CAS変異体が示す気孔免疫応答異常の復帰変異体をスクリーニングし、CAS依存の葉緑体シグナルを探索する。さらに、CASによる免疫初期応答遺伝子の発現制御機構についても解析を進める。②Ca2+によるチラコイド膜電子伝達制御機構の探索:葉緑体による環境センシングにおけるCASの役割を明らかにするとともに、葉緑体のイオン輸送体やリン酸化酵素によるPMF制御について解析し、環境センサーとしての葉緑体の役割を明らかにすることを目指す。(1)ミトコンドリアによる細胞応答制御:気孔の開閉時には、孔辺細胞の浸透圧の急激な変化が起こると考えられる。ミトコンドリア内膜に局在する機械受容チャネルのMSL1は、細胞内浸透圧変化からミトコンドリアを守る働きをしている可能性がある。MSL1による気孔制御の分子機構を解析する。
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Front. in Plant Sci
巻: 8 ページ: 1186
doi: 10.3389/fpls.2017.01186
Biochim Biophys Acta
巻: 1858 ページ: 742-749
doi: 10.1016/j.bbabio.2017.05.007