研究領域 | 新光合成:光エネルギー変換システムの再最適化 |
研究課題/領域番号 |
17H05729
|
研究機関 | 東京薬科大学 |
研究代表者 |
野口 航 東京薬科大学, 生命科学部, 教授 (80304004)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 光合成 / 絶滅危惧種 / 光環境 / 季節変化 / 過剰光エネルギー |
研究実績の概要 |
絶滅危惧II類の常緑多年生草本タマノカンアオイは、申請者の大学構内の落葉樹林の林床に自生し、1年間に数少ない枚数の葉しかつけない。そのため、大きく変動する温度・光環境下で、葉の光合成系を維持する重要性が非常に高い。本研究ではこの植物を用いて、以下を明らかにすることを目的とする。(1) 高温で光強度の弱い夏期から低温で光強度が強い冬期まで、1年を通して有利とは言えない環境下で、葉の光合成がどのように季節変化するかを調べる。(2) 光合成特性の季節変化は、葉の組織レベルの変化に支えられている。葉緑体の位置や数などの解剖学的パラメータの季節変化を追う。(3) タマノカンアオイの葉はCO2固定速度が低く、過剰な光エネルギーを受けやすい。 林床では夏期にかなり光が制限され、特にアズマネザサの下ではかなり低いことがわかった。落葉樹が落葉する冬は、気温はかなり低いが、林床は明るくなり、被陰条件でも光強度が増加した。葉のガス交換・電子伝達パラメータの測定を行い、低温・強光になる冬には、光化学系IとIIの両方が光阻害を受けるが、2月には回復して明るい環境下で光合成生産を維持していること、アズマネザサの下の条件では夏はかなり光合成系が抑制されているが、冬に熱散逸系とともに光合成電子伝達系も増加することが示唆された。 タマノカンアオイの葉でも光合成系を維持するために、ミトコンドリア呼吸鎖が過剰光エネルギーの散逸やATP供給にはたらく可能性がある。29年度は測定が容易であるシロイヌナズナを用いて、呼吸鎖を阻害したときの光合成系を調べ、予備実験を行った。その結果、光照射下で呼吸鎖が光化学系IIの損傷と修復の両方の過程で重要であることが示唆された。また、呼吸鎖阻害下ではどちらの電子伝達系の速度も低下し、光化学系IIと光化学系Iの間の電子伝達が制限されていることが示唆された。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
29年度の目的は概ね達成できたと思われるが、光合成速度の低いタマノカンアオイの葉では測定精度を保つことが難しい場合もあった。絶滅危惧種のタマノカンアオイは個体あたりにつける葉の枚数は少ないため、野外個体から数多くのサンプルを取得できない。サンプリング数の制限により、光合成タンパク質や色素の定量でもある程度のデータのばらつきが生じると予想される。
|
今後の研究の推進方策 |
(1) 環境測定および光合成ガス交換・電子伝達パラメータの測定 野外環境は年変動も大きく、野外個体のデータは2年分以上のデータを取得することが望ましい。29年度に引き続き、自生地の光環境などを計測し、落葉樹林の林床の環境の変化を実測する。また、ガス交換測定装置とDual-PAMを用いて、鉢植え個体の葉のガス交換パラメータと電子伝達パラメータを1ヶ月おきに測定し、光合成速度の制限要因および電子伝達パラメータの季節変化の再現性をとる。 (2) 生理的な機構の解析 Rubiscoを含めたカルビン回路や電子伝達系のタンパク質の量をウェスタンブロッティングで検出する。また過剰な光エネルギーの散逸にはたらくカロテノイドなどの色素量の季節変化を調べる。低温・強光にさらされる冬に電子伝達速度や熱散逸パラメータが変化するしくみを探る。 (3) 解剖学的な解析 サンプリングした葉を用いて樹脂に固定・包埋した後に切片を観察し、葉の各組織の形態、葉緑体の数や大きさ、組織内分布を調べる。冬期の低温下で光合成速度が変化するときに、葉緑体数や大きさという解剖学的な変化もおこるかに注目する。 (4) 光合成系と呼吸系との相互作用の解析 タマノカンアオイの葉の呼吸速度も低く、AOXのようなエネルギー生産と共役しない経路の量や最大活性も低い可能性があるが、過剰光エネルギー散逸系としてAOXがはたらく可能性もあり、その応答性は全く不明である。購入予定の酸素センサーを用いて、精度高く呼吸速度やAOXの最大活性を測定する。
|