研究実績の概要 |
脳の様々な領域はカラム構造と呼ばれる機能単位から成り、個々のカラムが形成される分子機構は神経科学における重要な研究課題である。しかし、カラム形成のメカニズムはほとんど解明されておらず、またカラムを可視化したりカラムを構成する神経細胞特異的に遺伝子操作を行う技術も確立されていない。本研究ではハエ視覚中枢を用いて進化的に保存されたカラム形成の分子機構を明らかにする。 平成29年度はまずカラム形成機構を研究するための遺伝学的ツールや撮影技術の開発を進めるとともに、これらのツールを用いてカラム形成に関与する遺伝子の機能を調べた。カラムを可視化するためのマーカーを探索し、N-cadherin (Ncad), Dscam (Ds), Roughest (Rst), Flamingo (Fmi), Ephrin, Eph, Fas3など多数の抗体がドーナツ状のカラム構造を可視化することを明らかにした。また、このドーナツ構造の一部に投射する神経細胞としてR7, R8, Mi1を見出し、これらがカラム形成の中心的役割を果たすことを示した。これらの神経細胞を消失させたり、細胞種特異的にNcadやDsをノックダウンするとカラム構造に異常が生じることを示した。二光子顕微鏡下で殻を除いた蛹を飼育し、生きた脳内においてカラムが形成する過程を可視化するライブイメージングの技術を確立した。これによって抗体染色に匹敵する解像度でライブイメージングを行うことが可能となった。神経幹細胞から生み出される細胞系譜とカラム構造の対応関係を調べるため、twin spot MARCMの技術を用いたハエ系統を作製し、細胞系譜依存的に軸索の先端が反発し、同じ細胞系譜の神経細胞が異なるカラムに投射する現象を見出した。またこの現象をNcadやDsの変異体において観察するためのハエ系統の作製を推進している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当初の計画通り、カラム形成に関わる分子マーカーおよび遺伝子を多数同定し、細胞系譜との関係性も明らかとなった。平成29年度はカラム形成の分子機構について候補遺伝子の大まかな機能解析を完了することが目標であったが、候補遺伝子のうちの1つであるNcadについては、Ncadによる接着力の差によってカラム内における神経細胞の分布が決まるというDifferential Adhesion Hypothesisが適用できることを明らかにした。R7, R8, Mi1がカラムを構成する中心的な神経細胞であることを見出しており、これらの軸索はそれぞれ点状、ドーナツ状、網目状とそれぞれ相補的な局在パターンを示す。さらに、カラム構造は上層・中層・下層と名付けた3つの層から成ることを見出し、上層-下層間および中層-下層間の相互作用によってカラムの三次元構造が組織される。現在、カラム形成についての新しいコンセプトを示した研究成果として論文を取りまとめている。
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今後の研究の推進方策 |
NcadによるDifferential Adhesionと層間相互作用による三次元カラム形成機構については論文を取りまとめ、学術誌への掲載を目指す。それとともにDs, Rst, Fmi, Ephrin, Eph, Fas3など他の候補遺伝子の機能についても解析を進める。例えばDsはダウン症の原因とされる細胞接着因子をコードし、数万ものスプライシングバリアントを持つ。この時、同じスプライシングバリアントどうしが結合すると、細胞間の反発を誘導する。同じ神経幹細胞に由来する神経細胞どうしは類似したDsのスプライシングバリアントを発現しているため、細胞系譜依存的な反発が生じると考えることができる。実際、Dsは神経幹細胞において一過的に発現すること、神経細胞においてDsをノックダウンするとカラムの分布に異常が生じることを見出している。今後はDsの働きをより詳細に解析することにより、細胞系譜とカラム形成の関係を明らかにし、その成果を論文に取りまとめる。
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