研究領域 | 脳構築における発生時計と場の連携 |
研究課題/領域番号 |
17H05761
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研究機関 | 金沢大学 |
研究代表者 |
佐藤 純 金沢大学, 新学術創成研究機構, 教授 (30345235)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | Notch / 神経上皮細胞 / 神経幹細胞 / 分化の波 / 側方抑制 / 振動 |
研究実績の概要 |
様々な動物の脳の発生過程において、神経上皮から神経幹細胞への分化はプロニューラル因子の発現およびNotchシグナルによって制御される。Notchシグナルは隣り合う細胞間でフィードバックループを形成し、そのダイナミクスがプロニューラル因子の発現を制御する。このようなNotchの働きは側方抑制を引き起こし、分化細胞と未分化細胞が互い違いに配置されたゴマシオパターンを形成する。しかし、最近ではNotchの側方抑制は遙かに多様な働きを示すことが分かって来た。進化的に保存されたNotchによる側方抑制のメカニズムは状況に応じて均一、ゴマシオ、振動と変化し、多様な挙動を示すと考えられる。しかし、このようなダイナミクスの変化がどのような状況においてどのようにして生じるのか、またどのような役割を果たしているのかほとんど分かっていない。本研究ではNotchの様を解明する。 ハエの脳の発生過程において見られる分化の波Proneural WaveにおいてNotchシグナルは2つのピークを持ったパターンを示しつつ神経上皮細胞上を伝播する。以前の数理モデルでは1つめのピークのみに着目し、これが波の伝播速度を抑制していることを示した。Deltaリガンドは隣の細胞においてNotchを活性化し(trans-activation)、同じ細胞ではNotchを抑制する(cis-inhibition)。今回、cis-inhibitionに強い非線型性を入れるだけで2つのNotchのピークが再現できることを明らかにした。また、生体内における実験から実際にDeltaによるcis-inhibitionには強い非線型性が含まれることを示唆する結果が得られた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
ハエの脳の発生過程において見られる分化の波Proneural Waveは主にEGFとNotchの協調作用によって制御される。Proneural Waveの最も基本的な数理モデルはすでに発表済であるが、このモデルではNotchシグナルは分化しつつある細胞において一過的に活性化し、1つのピークしか示さない。しかし、実際には分化の波が過ぎ去った後にもう一度神経幹細胞においてNotchが活性化するため、2つのピークを示す。これはNotchシグナルが振動しつつあると解釈できるため興味深い現象であるが、これまでは2つのピークを説明するためには大幅にモデルを修正する必要があると考えられていた。しかし、今回DeltaリガンドによるNotchのcis-inhibitionの項に強い非線型性を入れるだけで2つのNotchのピークが再現できることが分かった。生体内における実験から実際にDeltaによるcis-inhibitionには強い非線型性が含まれることを示唆する結果が得られている。本研究計画では進化的に保存されたNotchの側方抑制が状況に応じて均一、ゴマシオ、振動と変化するメカニズムを明らかにすることを目標とするため、この発見は非常に重要である。 2つめのNotchのピークは神経幹細胞において時間依存的に発現する転写因子Kluの発現、およびダウン症の原因遺伝子であり細胞接着を制御するDscamの発現と一致していることを見出しており、Notchの働きがこれまで考えられていた以上に多様性を含んでいることが示唆される。
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今後の研究の推進方策 |
DeltaリガンドによるNotchのcis-inhibitionの項に強い非線型性を入れるだけで2つのNotchのピークが再現できることが分かったが、実際にDeltaによるcis-inhibitionが強い非線型性を含むかどうかはまだ完全に証明されたわけではない。これを証明するため、生体内において様々な強さで異所的にDeltaを発現する細胞集団を誘導し、この時にtrans-activationとcis-inhibitionの効果の差を測定する。もし非線型性が存在すれば、Deltaの発現量がある閾値を超えると急激にcis-inhibitionの効果が優勢となり、Notchシグナルレポーターの発現が抑制されるようになるはずである。様々な強さで異所的にDeltaを発現させるための遺伝子組換えバエを作出し、このような実験を行う。また、Deltaの部分的機能欠失変異体を用いることで、2つのピークの谷間部分が消失し、1つのピークに融合する表現型が得られると予想されるので、このような現象が実際に生じるか、解析を進める。 2つめのNotchのピークがどのような役割を果たしているのかは現時点では明らかでないが、KluおよびDsの発現が2つめのピークと一致していることから、これらの発現制御に関わっている可能性が考えられる。上記のDelta変異体においてピークの数を減らした時にこれらマーカーの発現にどのような変化が生じるか、解析する。また、KluやDsの変異体の解析から、2つめのNotchのピークの役割を明らかにする。
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