本課題は、中枢脳神経幹細胞の活性化に及ぼすグリア細胞由来因子の作用を解析することで、発生時間と場の連携を理解することを目的とする。分子遺伝学的解析に優れたキイロショウショウジョウバエの幼虫期において、神経幹細胞の増殖分化は、幹細胞自身が持つ内在的な仕組みとは別に、摂食に伴う栄養シグナルによって細胞非自律的な仕組みで制御されている。特に、脳表層グリア細胞は血液脳関門を形成するだけではなく、体液中の栄養状態や種々のホルモンを認識し、発育段階に応じた神経幹細胞の増殖タイミングを制御している。 本研究では、独自に見いだした分泌性インスリン結合蛋白質SDRに着目し、脳発育における機能解析を行った。SDRは、脳表層グリア細胞で発現し、休止期にある中枢脳神経幹細胞の分裂期開始の調節に関わることを見いだした。さらに、SDR変異体で生じる表現型の原因が、神経幹細胞のインスリンシグナルの低下によることを明らかにした。 SDRと遺伝学的に相互作用する因子を探索した結果、もう一つの分泌性インスリン結合蛋白質であるImpL2を同定した。2種類のインスリン結合蛋白質が、脳内において競合的に機能することで、神経幹細胞のインスリンシグナルを制御していることを明らかにした。さらに、SDRとImpL2の機能的差違を生み出す要因として、細胞外基質への結合能が関与することを明らかにした。また、SDRは分泌性プロテアーゼMMPの基質になりうること、MMPがSDRと協調的に機能することで、インスリンシグナルを調節している可能性を見いだした。これらの結果から、2種類のインスリン結合蛋白質が、脳内において競合的に機能することで、栄養シグナルに応じた脳発育を厳密に制御していると思われる。神経幹細胞とグリア細胞の相互作用による発生時間と場の連携を理解する重要な知見が得られた。
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