高等植物では異質倍数性進化が新たな種の成立において重要な原動力となっているが、2つの異なる近縁種間の雑種形成がそのスタートとして重要であり、発芽可能な交雑種子の形成は必須である。コムギ・エギロプス属は種間交雑と異質倍数性進化によって過去に何度も新種を誕生させてきた。しかし、近縁種のゲノムは2倍体レベルで分化しており、全ての交雑組み合わせで自由に雑種が作出できるわけではない。二粒系コムギに近縁4倍種を交雑した場合、交雑種子が正常に形成されるかどうかのレベルで顕著な生殖隔離が認められ、このことがいくつかの近縁4倍体種がパンコムギの親になれなかった理由だと考えられる。本研究では、二粒系コムギと近縁4倍種の交雑に着目し、交雑種子形成の成否を決める要因をトランスクリプトームの比較解析と発現プロファイルのパターン解析から解明することを目的としている。 平成30年度は、二粒系コムギ品種に4倍体エギロプスAegilops triuncialisの花粉を交雑して交雑種子形成能を評価したところ、調べた全ての系統で交雑種子が無胚となった。Aegilops triuncialisはUUCCゲノムを持つが、Aegilops cylindricaと同様、Cゲノムを有した場合、無敗交雑種子が多発することが明らかになった。二粒系コムギ品種に4倍体エギロプスAegilops cylindricaやAegilops variabilisの花粉を交雑してできる無胚種子については種子の発達段階を追ってRNA-seq解析を行ったところ、プラスチド形成やオーキシン応答に関係する遺伝子群の発現が異常になっていた。また、胚乳でインプリンティングを受けるとされている遺伝子の発現も異常になっていることがわかり、イネ等で報告されているインプリンティングの異常が無胚交雑種子の形成に関わっている可能性が示唆された。
|