研究領域 | 植物新種誕生の原理―生殖過程の鍵と鍵穴の分子実態解明を通じて― |
研究課題/領域番号 |
17H05849
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研究機関 | 国立遺伝学研究所 |
研究代表者 |
野々村 賢一 国立遺伝学研究所, 実験圃場, 准教授 (10291890)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 生殖隔離 / 植物 / イネ属 / 減数分裂 / エピジェネティクス / small RNA / 染色体 |
研究実績の概要 |
種間F1雑種における生殖的隔離は、胚発生初期の胚乳形成不全や雑種弱性・致死など多段階に生じるが、減数分裂での同祖染色体間の対合不全もその一つである。イネ属では例えば、栽培イネを含むO. sativa (AA)とアフリカ原産の野生イネO. punctata (BB)の種間F1雑種(SP雑種)の減数分裂不全の結果、種子不稔を生じる。異種ゲノム染色体が初めて互いを認識しあうF1雑種の減数分裂は、「新種誕生」のスタート地点の一つとして極めて重要である。 今年度は、SP雑種およびその両親の減数分裂期前後(分裂前、分裂初期、分裂後期)の葯あるいは穎花を回収し、mRNA-seqおよびトータルsmall RNA-seqデータを得た。また生殖細胞特異的Argonauteタンパク質MEL1に対する特異的抗体を用いたRNA免疫沈降 (MEL1 RIP)-seqデータの取得にも成功した。詳細な解析はこれからだが、種間で明らかに転写パターンの異なる非コードゲノム領域が多数みつかっている。それら非コード領域の中には、MEL1と結合するsmall RNAを供給する前駆体としての機能が推測される領域が多数含まれていた。減数分裂の進行に必須の役割を持つMEL1と、MEL1と結合する非コード領域由来small RNAの機能的関係性は興味深い。 本課題では、上記の分子レベルでの解析に加え、減数分裂染色体の動態解析が重要となる。今年度は、減数分裂対合関連タンパク質(PAIR2、ZEP1)に対する特異的抗体を用いた減数分裂細胞の蛍光抗体染色を行なった。予備実験段階ではあるが、両親では染色体対合が完了する時期に、SP雑種では対合が完了しない領域が複数染色体にまたがって存在し、常に核内で凝集塊を形成する傾向を示した。核内の特殊な場所で集合するのか、集合するゲノム領域に傾向はあるのか、などが今後の課題として浮上した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
SP雑種およびその両親の減数分裂期前後(分裂前、分裂初期、分裂後期)の葯あるいは穎花を用いたmRNA-seq、トータルsmall RNA-seq、MEL1 RIP-seqは、いずれも年度当初の計画通り、次世代シーケンサ(Illumina HiSeq2500)を用い、それぞれ3回の生物学的反復実験を通じてリードを得ることに成功した。野生イネO. punctata(W1514系統)側のリファレンスゲノムの配列整備・遺伝子予測などに予定よりも時間を要しているため、解析は当初計画よりも若干遅れているが、概ね順調に進捗しているといえる。 染色体の動態解析について、SP雑種の減数分裂初期に、不対合領域が凝集塊を形成するという予期せぬ結果を得ることができた。このゲノム領域は、今後の解析を進める上で指標となる領域が含まれる可能性があり、また上記の分子レベルでの解析結果と染色体動態レベルの解析結果に接点を与える可能性がある。 上記を総合して、本課題の計画は概ね順調に推移していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
減数分裂組換えの起点となるDNA二重鎖切断(DSB)が生じやすい場所(DSBホットスポット)は、植物や酵母では転写開始点付近のヌクレオソーム密度が比較的疎な領域と重なる傾向が知られる。減数分裂期に転写活性が高い非コード領域の転写開始点もDSBホットスポットである可能性は高い。SP雑種では非コード領域の転写パターンに種間差が認められたため、これら非コード領域はSP種間雑種での減数分裂不全の原因ゲノム領域の候補として有力である。 イネ属のゲノム構造を特徴付ける配列のひとつにレトロトランスポゾン(RT)がある。近年の野生イネゲノム研究から、O. sativaとO. pounctataゲノムは、他の野生イネ種と比較して、gypsy型RT配列が突出して多いことが示された。gypsy型RTは両末端に、互いに相同性の高い同一方向のLong Terminal Repeats (LTR) を保存しており、LRT間の相同組換えによりしばしば宿主ゲノムの再構成が生じる。本課題で検出された非コード領域のsativa-punctata種間多様性は、LTRを介したゲノム再編成に起因する可能性がある。 今後は、RTを含むトランスポゾン様配列の分布と、small RNAおよび非コード転写産物が由来するゲノム領域の分布などをsativa・punctata・SP雑種の3者で比較解析し、種間多様性にトランスポゾン様配列が関与するかどうかを検証する。またそれら領域に由来するsmall RNAが、減数分裂に重要な機能をもつMEL1 Argonauteタンパク質と結合しているかどうかを確認し、非コード領域と減数分裂機能との関連性を調べる。 染色体動態解析について、上記の非コード領域の動態に着目するとともに、ZEP1・PAIR2以外の減数分裂タンパク質や、動原体・テロメアタンパク質の抗体を用いた動態解析も行う。
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