生体内においてタンパク質は,立体構造を大きく変化させながら機能を発揮しているが,多くの場合その詳細なメカニズムは明らかにされていない.特に,複数のドメインから構成されるマルチドメインタンパク質は,ドメインの相対配置を変えるような大きな立体構造変化を伴って機能することが多く,特に解析が困難である.そこで本研究では,タンパク質の立体構造とその変化を定量的に解析する手法の確立を目指した.具体的には,大腸菌細胞壁合成を担うマルチドメインタンパク質であるMurDを対象とし,MurDの立体構造と変化を追跡する手法の確立に取り組んだ.まず,ランタノイドイオン,特にガドリニウムイオンを用いた電子スピン共鳴 (ESR) によるdouble electron-electron resonance (DEER) 測定によって,MurDの任意の2箇所に固定したイオン間の距離と分布を計測することに成功した.さらに,イオン間の距離と分布の情報は,X線小角散乱 (SAXS) を用い,MurD上の2箇所のランタノイドイオン間の散乱干渉を選択的に観測することよっても取得可能であることを示した.タンパク質上の2箇所に固定したランタノイドイオン間の距離と分布を計測することによって,タンパク質のコンフォメーション状態や,リガンド結合に伴うコンフォメーション変化を観測することが可能になる.さらに本研究では,常磁性ランタノイドイオンを用いたNMRから得られる情報と組み合わせたアンサンブル解析によって,平衡状態にある複数のコンフォメーションを可視化することに成功した.
|