抗体が標的細胞の膜表面に集合すると、それを皮切りに補体系が活性化され、最終的に細胞膜を侵襲し破壊する。免疫学の教科書には必ず記載されているこのスキームも、その一連の過程の分子科学的実体は驚くほど明らかとなっていない。その理由として、補体活性化カスケードが膜を舞台として分子が不均一に集合した状態で起こり、かつ各因子が過渡的に複合体を形成する不安定でダイナミックな性質を持つため、一連の過程を観測することが困難であることが挙げられる。本研究では、この過程を明らかにするためには、超分子計測のための試料と手法のそれぞれを工夫することで、抗体による抗原の認識を契機として異物を排除するに至る分子集団の振る舞いを活写することを目指した。 今年度は抗原を含む脂質膜上での免疫グロブリンG(IgG)の6量体リング構造形成のメカニズム解明に取り組んだ。高速原子間力顕微鏡を用い、マウス抗体やキメラ抗体、還元アルキル化抗体など様々な抗体での6量体の形成率を求めた。また、抗体に対して特異的に結合する分子を用いて6量体形成の阻害を試みた。その結果、抗体のヒンジ領域がもたらすIgGの柔軟性が6量体の形成に影響を及ぼすことが明らかとなった。また、抗体のFc領域と相互作用するプロテインAを添加することで6量体の形成が阻害されたことから、リング形成にはFc領域が関わっていることも示された。 一方、NMR計測においてはガングリオシドGM1などの抗原と抗体の相互作用解析を行い、抗原のエピトープを決定した。さらにIgGの柔軟性な構造についての理解を深めるべく、MDシミュレーションに着手した。MDシミュレーションによって得られた構造空間を実験計測によって裏付けるため、量子ビーム溶液散乱を行なった。
|