研究領域 | 多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
17H05942
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研究機関 | 新潟大学 |
研究代表者 |
杉山 清佳 新潟大学, 医歯学系, 准教授 (10360570)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 臨界期 / 神経可塑性 / 抑制性ニューロン / 視覚 / 弱視 |
研究実績の概要 |
子どもの脳には、経験に応じて神経回路を柔軟に形成する「臨界期」がある。これまでに申請者は、ホメオ蛋白質Otx2が視覚の臨界期を制御することを明らかにした。ホメオ蛋白質の生後の脳における作用には未だ不明な点が多い。そこで、Otx2の標的遺伝子を網羅的に探索するため、ChIP-seq(クロマチン免疫沈降次世代シークエンス解析)を行った(Sakai et al., Front.Neurosci. 2017)。2種類以上の抗体によって認識されるOtx2結合部位を解析すると、半分以上が転写開始点の5 kb以内に検出された。すなわち、Otx2は生後の脳においても転写因子としてプロモーター領域に結合すると考えられた。Otx2の標的遺伝子群についてgene ontology解析を行うと、転写・クロマチン制御因子が最も多く、Otx2は臨界期の遺伝子発現カスケードを誘導すると考えられた。さらに標的遺伝子群のdisease ontology解析を行うと、アルツハイマー症候群や統合失調症などの疾患への関与が推測された。これらの結果は、標的遺伝子群が、臨界期だけでなく神経可塑性に広く関与することを示唆している。さらに皮質介在ニューロンの発現解析(RNA-seq)を行うと、特にOtx2がコンドロイチン硫酸転移酵素の発現を制御することが分った。Otx2とコンドロイチン硫酸は互いの量を増やし、量依存的に臨界期の始まりと終わりを制御する(Hou. et al., Sci.Rep.2017)。これまで臨界期の始まりと終わりには異なった遺伝子が作用すると考えられてきたが、本研究により同じ遺伝子によって制御され得ることが明らかになった。コンドロイチン硫酸は軟骨の柔軟性に必要な成分として一般にも良く知られている。今回、脳の柔軟性に必要であることを示した本研究は、新聞社2社にプレスリリース記事として取り上げられた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
これまでの研究成果として、ホメオ蛋白質Otx2が標的遺伝子の転写制御に関わり、脳の成長期(臨界期)を促すことを報告した(Sakai et al., Front.Neurosci. 2017)。さらに、このホメオ蛋白質が翻訳開始因子と結合し、翻訳制御に関与する可能性を示唆した(Hou et al., Sci.Rep. 2017)。これらの解析結果から、従来のトランスクリプトーム解析からは分らなかった臨界期遺伝子群が存在することが示唆され、新たな視点がうまれている。そこで今後は、これらの遺伝子群にも視野を広げて、経験に応じた回路形成(個性的回路の形成)に関与する遺伝子の解析を進める。
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今後の研究の推進方策 |
臨界期が未熟なOtx2変異マウスは、視覚機能の発達だけでなく情動記憶の発達も未熟であることが、これまでの行動解析により分っている。Otx2は標的遺伝子解析から中脳・視床領域の遺伝子発現を制御することが推測され、実際に、ヒトのOtx2変異ではこれらの領域に関わる機能異常が確認されている。さらに、視床領域では局所的な翻訳制御の活性化が機能発現に重要な役割を果たすことが報告されている。そこで、ホメオ蛋白質の情動発達への関与を解析すると同時に、視覚野において翻訳制御される遺伝子群の解析を行い、中脳・視床での解析にフィードバックする。一連の解析により、視覚経験とそのメッセンジャーであるOtx2が、視覚および情動回路の個体差を創出する機構を明らかにする。
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