研究領域 | 多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
17H05952
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
平松 千尋 九州大学, 芸術工学研究院, 助教 (30723275)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | 色覚 / 多様性 / 個人差 / 感性 / 視線 / 遺伝子 |
研究実績の概要 |
ヒトには遺伝子の違いに基づく色覚の多様性がある。一般的な色覚は3色覚であるが、数パーセントの人は変異型3色覚や2色覚である。色覚型によって色弁別の仕方が異なるなど、知覚レベルの違いについては知見が蓄積している。しかし、色覚の多様性が、色の知覚以外にどのように影響を与えるかはほとんど明らかになっていなかった。当研究グループのこれまでの研究において、色覚の多様性が視線行動や感性に影響を与えることを示してきた。本研究では、これまでに蓄積してきた絵画鑑賞中の視線データを用いて、色覚型や感性と関連した視線パターンの抽出を試みている。また、青は寒色、赤や黄は暖色と分類するなどの、色と温度の共感覚的対応付けを人の感性の一つ捉え、色覚の多様性が対応付けにどのように関連するかにも取り組んでいる。さらに、実験参加者の口内細胞よりDNAを抽出し、色覚多様性に影響を与える視物質遺伝子の解析にも取り組んでいる。本年度の研究により、視線行動や感性の個人差には、遺伝子の違いに基づいた色覚型から予測できる部分と、できない部分があることが明らかになってきた。このことから、遺伝子の違いを基に発達過程での経験を通じて独自の行動や感性が形成されていくことが予想される。また、多数派(3色覚)から少数派(2色覚)への文化的影響が推察される結果も得ており、今後研究を推進していくことで、遺伝子レベルの違いが、社会的レベルで変容していくことを示す重要な知見が得られる可能性がある。加えて、色覚多様性研究の一つとして進めてきた3色覚の生物学的意義を探る国際共同研究において、霊長類が示す多様な3色覚は顔色変化など社会的シグナルの検出に適していることを実証し、成果として発表した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、これまでに取得してきた様々な色覚を有する約50名の絵画鑑賞中の視線計測データを解析した。これまで、絵画鑑賞開始直後の視線マップでは、2色覚者と3色覚者で違いがみられることが明らかになっていたが、時間が経過するとその違いはなくなるこが新たに明らかになった。さらに、様々な視線データ解析方法を用いて感性の個人差と関連性を示すパターンの抽出を試みているが、これまでのところ明確なパターンは抽出されていない。
色覚多様性が感性の個人差に与える影響の一つとして、色と見た目の温度の対応付けについて予備調査を行った。これまでのところ、少数派である2色覚者は多数派である3色覚者から発達過程で影響を受ける可能性を示す結果を得ている。さらに様々な色覚型を持つ幼児期や学童期の参加者から色-温度対応付けのデータを得て、この可能性を検討していく必要がある。
遺伝子解析においては、赤緑視物質遺伝子の詳細な解析を行っている。赤緑視物質遺伝子は、赤型遺伝子、緑型遺伝子がX染色体上に重複し、塩基配列が類似しているため、次世代シークエンサーを用いた解析は難しい。そこで先行研究で報告されている方法を踏襲し、ロングPCRをまず行い、そのPCR産物から、赤型、緑型各遺伝子において、視物質の吸収波長に影響を与える部位をさらにPCR増幅し、サンガー法による塩基配列決定を行う方法に方針転換した。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの研究で、視線行動や感性の個人差には、遺伝子レベルの違いから説明できる部分とできない部分があることが明らかになってきた。このことから、遺伝子の違いを基に発達過程での経験を通じて独自の行動や感性が形成されていくことが予想される。また、発達過程において、多数派から少数派へ文化的影響があることも推察された。そこで、今後の研究で、実験参加者数を増やし、さらに文化的影響の内容について検討することで、この可能性を探っていく予定である。そのためには、様々な年齢層から様々な色覚を持つ参加者を多数募集する必要がある。社会での色覚多様性への理解は進んできているものの、参加者を募集する際には人権の問題も絡んでくる。色覚多様性の理解を広める活動と連携し、さらに実証研究を進めることで、個性を創発する色覚多様性への理解を深めていく。
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