研究領域 | 多様な「個性」を創発する脳システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
17H05955
|
研究機関 | 福島県立医科大学 |
研究代表者 |
井口 善生 福島県立医科大学, 医学部, 助教 (20452097)
|
研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
|
キーワード | 意思決定 / 個性創発 / ストレス脆弱性 / レジリエンス / 青斑核ノルアドレナリン投射系 / 前帯状皮質 / 化学遺伝学 / 道具的学習 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は,意思決定の個体差(目標指向性優位 vs. 習慣性優位)とストレス反応性の個体差(バルネラビリティ vs. レジリエンス)の間の行動的な関連が,青斑核(LC)から前帯状皮質(ACC)に投射するノルアドレナリン系の機能を中心として統合的に理解できるのではないか,という仮説を実験的に検証し,様々な精神疾患においてみとめられる意思決定の障害の病態解明と新たな治療法開発の方向性を示すことである。 平成29年度は,意思決定スタイル(習慣形成の速やかさ)の個体差とストレス反応性の個体差の相関を明らかにすることと,LCからACCに投射するノルアドレナリン系の機能的個体差と行動の個体差の相関を明らかにすること,の2つの目的を掲げた。 このうち前者については,意思決定の素過程としてラットの道具的学習を用い,生理的条件下での習慣形成の速やかさと,リポ多糖(Lopopolysaccaride: LPS)の末梢投与によって誘導されるうつ様表現型が相関すること(習慣的意思決定が優位な個体ほど,LPSによって誘導されるうつ様表現型が強い)を明らかにした。 後者については,LC-ACCノルアドレナリン系の機能を操作するための化学遺伝学的手法の開発に目途をつけることができた。すなわち,ショウジョウバエ由来のイオノトロピック受容体(IRs)やセンチュウ由来のグルタミン酸開閉性塩化物イオンチャネル共役型受容体(GluCL)をげっ歯類の標的神経細胞に発現させ,リガンド(それぞれフェニル酢酸とイベルメクチン)を用いて当該細胞の活動を促進あるいは抑制できることを示した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
意思決定の素過程として,餌報酬によって強化されたラットの道具的行動(レバー押し)を用い,餌報酬の価値低下に対する道具的行動の感受性を指標として,生理的条件下で一定量の訓練を動物に与えたときの習慣形成の速やかさと,LPSの末梢投与24時間後の強制水泳試験における不動誘導潜時を指標としたうつ様表現型の強さが相関することを明らかにした。すなわち,当初の予想に一致して,習慣的意思決定が優位な個体ほど,LPS誘導性のうつ様表現型が強い(ストレス脆弱)ことがわかった。 また,LC-ACCノルアドレナリン系の機能を操作するための化学遺伝学的手法の開発は完成に近づいた。活動促進技術として,ショウジョウバエ由来のイオノトロピック受容体(IRs)をマウスLCニューロンに発現させ,リガンドであるフェニル酢酸やメチルフェニル酢酸(末梢からの投与を可能にするフェニル酢酸のメチルエステル体)によってACCにおける細胞外ノルアドレナリンの濃度上昇を確認した。 活動抑制技術としては,センチュウ由来のグルタミン酸開閉性塩化物イオンチャネル共役型受容体(GluCL)を,AAVとトランスジェニックラットを併用することで中脳ドパミンニューロンに発現誘導し,リガンドであるイベルメクチンの腹側被蓋野(VTA)へのマイクロインジェクションにより側坐核での細胞外ドパミン濃度の低下や,餌報酬獲得に対するモチベーションの低下を確認した。 当初,当該年度において,生理的条件下のラットの意思決定の個体差と,ACCにおけるノルアドレナリン放出量の間の相関までを明らかにする予定であったが,この計画については十分遂行できず,次年度の課題とした。
|
今後の研究の推進方策 |
平成30年度は,29年度に残された課題として,生理的条件下のラットの意思決定の個体差と,ACCにおけるノルアドレナリン放出量の間の相関を明らかにする。これはマイクロダイアリシス法を用いる, また,計画の最終年度である平成30年度では,これまでの研究によって技術確立された新たな化学遺伝学的手法(活動促進技術としてのフェニル酢酸-IRs,あるいは活動抑制技術としてのイベルメクチン-GluCl)をラットのLCに適用し,LCのノルアドレナリン投射ニューロンの活動を操作したときの意思決定のモード(目標指向性⇔習慣性)やLPS誘導性のストレス反応性(バルネラビリティ⇔レジリエンス),つまり本研究が標的としている2つの個体差創発に及ぼす影響を検討する。 上記目的達成のために,LC特異的に組み換え酵素Creを発現するDbh-Creラットを東京慈恵会医科大学より,すでに譲受した。また,同トランスジェニックラットのLCに注入するAAVベクタ(AAV-flex IR84a & IR8a/GluCl alpha & beta)は連携研究者である福島医大・加藤成樹講師に作成依頼しており,実現は十分に見込まれる。
|