研究実績の概要 |
哺乳類のナビゲーション行動には、海馬体に存在する場所細胞が重要な役割を果たすと考えられている。場所細胞の活動パターンはこれまで詳細に調べられてきたが、なぜ場所選択的な活動が生じるのか、その神経回路メカニズムは不透明なままである。そこで本研究は、ナビゲーション行動中の海馬体における大規模細胞外計測とシナプス結合の網羅的検出とを組み合わせることで、場所細胞の活動を生成するシナプス入力を同定することを目的とした。さらに、海馬体で生成された場所情報が、下流の複数の脳領域へとどのように分配されて伝達されるかについても検証した。 1) 256点からなる多点電極をもちいた大規模計測により、ラット1個体あたり100個程度の神経細胞の発火活動を同時計測し、さらに、計測している細胞同士をむすぶ約10,000通りのシナプス結合を網羅的に同定する手法を実装した。その結果、海馬CA1野から海馬台へといたる領域間シナプス結合や、海馬台内部の再帰性シナプス結合を同定することが可能となった。これにより、場所細胞やその他の神経細胞のあいだのシナプスを介した情報伝達を捉えることが可能となった。一方で、本手法で同定されるシナプス数は、解剖学的に推定されるシナプス数より少ない傾向にあり、手法のさらなる改善により、情報伝達をさらに網羅的に把握できる可能性が考えられた。 2) 大規模計測と光遺伝学とを組み合わせて、計測している細胞の投射先を同定する手法を構築した。この手法を用いて、海馬体の投射細胞が持つ場所などの情報を定量するとともに、海馬体で観察される各種の局所電位に対する発火パターンを精査した。その結果、海馬体の投射細胞は、投射先の脳領域によって異なるパターンで活動し、異なる種類の情報を伝達することを示唆する予備的データを得た。こうした結果は、海馬体は投射先選択的な情報伝達をおこなうことを示唆するものである。
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