研究実績の概要 |
EGFR変異は日本における肺腺がん症例の約50%において認められ、その治療にはEGFR-TKIであるゲフィチニブが主に用いられる。ゲフィチニブ投与による殺腫瘍細胞効果は非常に高いが、大半の症例において治療後約1年程度で耐性を獲得する。耐性機序の5-20%はMETチロシンキナーゼの増幅が原因であり、過剰発現したMETがErbB3を介してPI3K-Akt経路を活性化するバイパス経路を形成することにより耐性を獲得する。本研究では、MET増幅によるゲフィチニブ耐性機構の数理モデルを構築して薬剤耐性機構の全体像を明らかにすることを目的として行う。 EGFR変異を有する肺腺がん細胞株HCC827がMET増幅によりゲフィチニブを獲得した亜株HCC827-GR5および-GR6細胞における知見をもとに、EGFR, ErbB3, METに着目したゲフィチニブ耐性の生化学的反応を常微分方程式により記述し数理モデルを作成した。分子濃度に関してはフローサイトメトリーを用いた測定系を構築し、EGFR, ErbB3, METの細胞表面分子数が既に測定されている細胞株との比較により、HCC827及びその亜株における各分子の濃度を測定した。生化学的反応すなわち結合解離反応およびリン酸化反応の反応定数に関しては、可能な限り文献値を用い、未知の場合には次元解析という数学的手法を用いて推定を行った。これらの値を微分方程式に代入してシミュレーションを行い、METの過剰発現によりErbB3のリン酸化が亢進するという既報のデータと一致する結果を得た。一方で、ErbB3のリン酸化には100倍以上のMET分子が必要であることが示唆され、METがErbB3を介してPI3K-Akt経路を活性化するという分子機構は、薬剤耐性獲得の観点からは非効率的であることが予想された。
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