研究領域 | 数理解析に基づく生体シグナル伝達システムの統合的理解 |
研究課題/領域番号 |
17H05994
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
田中 剛平 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 特任准教授 (90444075)
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研究期間 (年度) |
2017-04-01 – 2019-03-31
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キーワード | アトピー性皮膚炎 / 数理モデル / 分岐解析 / システム生物学 / 薬剤治療 / 免疫 / アレルギー |
研究実績の概要 |
本研究では、細胞シグナル伝達系を動的システムと見なして、システムバイオロジーや非線形力学系の観点から解析を行い、細胞動態を理解し解析するための数理科学技術の発展を目指す。
本年度は、主にアトピー性皮膚炎の数理モデル解析を行った。アトピー性皮膚炎の要因は様々であり、まだメカニズムは十分に解明されたとは言えない。そのため、あらゆる患者に有効な治療法はまだ確立されていない。先行研究において、患者に典型的に見られる皮膚バリアの動態パターンが4つに分類され(Healthy, Bistability, Oscillation, Damaged)、そのダイナミクスを記述する数理モデルが提案されている。この数理モデルは、環境要因、免疫応答、細胞シグナル伝達系などを考慮しており、数理的観点からは連続変数とスイッチに対応する離散変数が混在するハイブリッド力学系と見なせる。この数理モデルの理論的および数値的分岐解析により、上述の4つの動態パターン間の遷移条件を明らかにした。例えば、病原体の量が減少していくと、より症状の軽い動態に移行するが、病原体をどのレベルまで下げれば、その移行が誘導できるか、ということが分かる。次に、抗生物質、保湿剤、ステロイド剤という3種類の薬剤による治療を考慮した数理モデルを考え、分岐解析により、こうした薬剤治療が、動態パターン遷移を誘導する臨界的な条件を特定した。連続的な投与以外にも、間欠的な投与やより現実的な治療法を試し、投与量と投与期間のトレードオフを見出した。また、2種類以上の薬の併用も、効果的な場合があることを示した。本結果は、アトピー性皮膚炎の治療プロトコルを考える上で、有用な知見をもたらすと考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では、(1)NF-kappaBシグナル伝達系の数理モデル、および(2)アトピー性皮膚炎の数理モデル、の解析を行うことを計画していた。
本年度は、(2)のアトピー性皮膚炎の数理モデル解析を重点的に行い、治療の検討に資する知見を得て、論文にまとめた。(2)に関しては十分な結果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
アトピー性皮膚炎の数理モデル解析に関しては、まだいくつか課題が残っている。例えば、数理モデルには2つのスイッチ機構が入っているが、投薬量が間欠的な場合は、入力シグナルも時間的にスイッチすることになる。こうした空間的にも時間的にもスイッチ機構を持つモデルの分岐解析は、まだ技術が確立しておらず、力学系としての研究対象になる。また、分岐現象により、患者の皮膚バリアの動態パターンが遷移するので、その直前には遷移の予兆シグナルを検出できる可能性がある。その場合、患者個々の内因的なパラメータ値が分からなくても、計測データのみから変化点を予兆し、症状が悪化するような遷移を未然に防ぐという可能性がある。こうした早期警戒シグナルの開発も、検討していきたい。
また、並行して、NF-kappaBシグナル伝達系の数理モデル解析を今年度よりも重点的に行う予定である。
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