研究実績の概要 |
単一細胞の反応ダイナミクスに基づいて細胞内情報処理反応ネットワークを逆行分析し、その動態を数理的に再現・理解・予測する方法を開発している。複数・並列の単一細胞反応動態の実測値が持つ豊富な情報から、反応要素間のネットワークを統計的に推定して、「実効的に最小・充分の数理モデル」を作ることが目標である。 本年度は主として統計的な手法を用いたEGF-RAS-MAPK回路の解析を行った。ヒト上皮癌由来の3種の細胞(HeLa, A431, MCF7)を2種の成長因子(EGF, HRG)のいずれかで刺激し、単一細胞内で回路を構成する4種の受容体と3種の下流分子の応答を蛍光染色法で計測した。異なった5種の分子の組み合わせで同時計測を行い、得られた結果を統計解析して、入力・細胞種依存的な情報処理回路の反応を明らかにすることを目標とした。2種の分子応答の相関から相互情報量を計測し、また、5種の分子応答パターンを階層的クラスタリング手法で分類した。それぞれの成長因子に対する応答は3種の細胞で異なっていることが知られている。相互情報量から、各条件下で主要な情報伝達経路を同定したところ、細胞集団で顕著な応答が見られる条件では、そうでない条件に較べて、多数の情報伝達経路が同等に使用されていることが示された。また、分子の応答パターンのエントロピーは細胞応答の見られる条件でより大きいことが分かった。これらの結果は、成長因子が細胞毎に異なった様々な応答パターンを惹起し、その後、分化・増殖など特定の細胞応答が選択されてくることを示唆している。細胞応答の多様性は分子応答のノイズで決まっているのではなく、回路の性質で規定されていることも示唆された。
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