本研究では,田螺山遺跡でボーリングにより得られた堆積物コアに含まれる長鎖脂肪酸の炭素と水素の安定同位体組成(δ13CおよびδD)を分析することにより,9000年前から5000年前までの田螺山遺跡の古気候変動・C3/C4植物植生比の変化を復元した. 平成30年10月に田螺山遺跡博物館を訪問し,田螺山遺跡で採取されたボーリングコアから堆積物試料を分取した.コアの下部(9000年前~7000年前)は海成粘土層からなり,上部(7000年前~6000年前)は下部水田土壌(7000年前~6400年前),海成~汽水性泥層(6400年前~6300年前),上部水田土壌(6300年前~5000年前)からなる.コアの下部から上部まで計48試料を分取した.持ち帰った試料について脂質の抽出,脂肪酸の分離・精製・誘導体化,ガスクロマトグラフ同位体比質量分析計によるδ13CおよびδDの測定を行った. 脂肪酸は強い偶数炭素優位性を示し,植物の葉ワックスに由来することが示された.n-C28脂肪酸のδ13Cは-34~-31‰の範囲で変化した.この値は現生のC3植物の値に近く,C4植物の寄与は全期間を通して小さかったと考えられる.δDは-210~-120 ‰の範囲で変化した.海成~汽水成泥層でδDは高く,水田土壌層で低い傾向がみられた.水田土壌層のδDは比較的狭い範囲に収まっており,水田土壌形成時の水文環境は安定であったことが示唆される.海成~汽水成泥層の高いδDはPatalano et al. (2015)で既に報告されており,気候が乾燥していたためと解釈されている.しかし,花粉組成は乾燥気候を支持していない.本研究では,泥層堆積時では樹木の寄与が大きかったため,dDが高くなったと解釈した.
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