考古学による発掘調査の成果により、東アジアにおける水稲農耕の起源地の一つは長江流域であると考えられている。農耕の開始は、生業や文化の変化だけではなく、ヒトの形質や健康状態にも大きな変化を及ぼしたことが知られている。しかし、東アジアにおける水稲農耕の起源地の一つである長江流域については、農耕の開始によりヒトの形質や健康状態がいかに変化したのかについて不明確であった。特に本研究が対象としている四肢骨の形態研究に必要なデータは十分ではなかった。四肢骨の形態、例えば断面形態は個人の身体活動の負荷により変化することが知られている。そのため、水稲農耕を開始し、その技術を洗練していった人々の身体活動について、ほとんど明らかにされていない。また、四肢骨の長径は身長に相関しており、それには遺伝的要素に加えて、成長期の栄養状態に大きく影響される。本研究の意義は、水稲農耕がヒトに与えた影響(身体活動の負荷や栄養状態)について新たな知見を提供することができる。 本年度は、中国江蘇省蒋庄遺跡から出土した新石器時代の人骨の調査を実施した。蒋庄遺跡は長江流域よりやや北にある遺跡であるが、水稲農耕が長江から北へ拡散する様相を知るための重要な遺跡である。資料を保管する南京博物院考古研究所にて現地調査を2回実施した。調査では出土した人骨の残存部位を記録し、性別判定と年齢推定をおこなった上で、四肢骨の計測をおこなった。また、現地での2回目の調査では頭蓋を専門とする研究者にも調査に参加してもらい、頭蓋の修復および頭蓋形態の解析をおこなった。
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