本研究は、東アフリカのサバンナに暮らす牧畜民マサイを事例にし、学校教育や近代開発などによって激しく変化するマサイ社会において、人々が「怒り」、「恐れ」、「嫌悪」、「悲しみ」、「喜び」の五つの感情をいかなる表情とジェスチャーによって表出・認識しているのかを考察した。具体的に、マサイの子どもが異なる生活空間それぞれでいかに五感を生かして野生動物とかかわってきたのか、その中で「怒り」や「恐れ」、「喜び」、「悲しみ」など、野生動物に対する複雑な感情が実践を通していかに生成され表出したのかを、会話分析及び参与観察から得られた民族誌的なデータから検討した。また、子どもと大人の相互行為における当事者の感情流出や身ぶり、それらが社会化のプロセスにおける役割について考察を試した。 以上の調査と同時に、同「顔・身体学」の計画班A01-P02との連携によって、マサイを対象にした描画フィールド実験の予備調査を実施した。「感情・表情」の表現と認識を、普遍性と地域性の両方から再発見するため、「描画のプロセス」と「成果としての絵」の両方に注目したデータ収集をおこなった。それらのデータを用いて、2019年12月に東京外国大学のフィールドネットラウンジにおいてワークショップを開催した。 そのほか、感情に関するマサイの身体表現をマサイ社会における身体技法の特徴の一部として捉えて、感情を表す身体技法について、日本国内外の人類学者と討論をした。その議論の結果、身体技法を理解するために、既存の概念である「わざ」について、5つの課題を整理した。その5つの課題についての理解をさらに深めるために、国際学術誌「Techniques & Culture」に特集号の刊行を申請し、刊行の許可を得ている。申請者は、その特集号の共同編集者を務めるほか、「マサイ社会において感情とかかわる多様な身体技法」についての論文を発表する予定である。
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