研究領域 | トポロジーが紡ぐ物質科学のフロンティア |
研究課題/領域番号 |
18H04222
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
石塚 大晃 東京大学, 大学院工学系研究科(工学部), 助教 (00786014)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 異常ホール効果 / スキュー散乱 / 多重散乱 / スピン・カイラリティ / 散乱理論 / モンテカルロ・シミュレーション / 近藤格子模型 |
研究実績の概要 |
本年度は研究計画にあった「スカラー・カイラリティによる異常ホール効果」および「ベクトル・カイラリティと不純物による異常ホール効果」について,散乱理論やモンテカルロ・シミュレーションを用いた解析を行い,さらに実験グループと連携した研究も行った.前半では3つのスピンを介した多重散乱によるスキュー散乱についてボルン近似を用いた解析を進めた.そして,このプロセスがスカラー・カイラリティに比例するスキュー散乱を生じることを示した.このスキュー散乱は主に入射波と出射波の方向が大きく異なる大角散乱に寄与する.その為,小角散乱を生じるスキルミオンによる散乱とは異なる散乱過程として理解できる.したがって,スキルミオン相が現れる物質では,温度や元素置換による物質のバンド構造の変化によって,スキュー散乱によるホール効果とスキルミオンによるホール効果の競合が生じると予想される.この振る舞いはMnGeにおけるホール効果の符号変化を説明できる可能性がある.実験との対応を確認する為,符号変化をモンテカルロ計算で確認することができた(この計算では,トポロジカル・ホール効果が構造因子に,スキュー散乱がカイラリティの熱平均と構造因子の差に比例すると仮定した). 本年度の後半では,非磁性不純物とスピンが絡む多重散乱による異常ホール効果の可能性について理論解析を進めた.そして,非磁性不純物1つとスピン2つを介した散乱過程からスキュー散乱が生じることおよび,このスキュー散乱が2つのスピンのベクトル・カイラリティに比例していることを示した.この機構は,ホール伝導度が磁気散乱による抵抗に比例する点で従来の機構とは異なる.さらに,SrCoO3において実現している可能性があり,最近の実験グループとの共同研究において,実際に磁気散乱に比例する異常ホール効果が見られることを見出した.以上の研究成果は本年度中に論文として出版した.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本年度は,研究計画にあった散乱理論を用いた多重散乱過程の解析を完了し期待通りの成果を得た.さらに海外の実験グループとの共同研究や来年度予定していた計画を前倒しで進めた.以上の様に,当初の計画以上に進展が得られた. まず,計画通り(1)カイラル磁性体における異常ホール効果と(2)不純物に由来する局所的な空間反転対称性の破れに起因する異常ホール効果の研究を進めた.散乱理論およびボルツマン理論を用いて,上記の二つの散乱過程がホール効果に寄与することを示した.さらに,その基本的な性質を理解することができた.この成果の中には,(2)のメカニズムを実験的に特徴づける振る舞いも含まれている.その為,実験や物質に即した模型における数値的解析など,今後の展開も期待できる.以上の具体的な成果については「研究実績の概要」にまとめてある. 次に,実験グループと協力した研究も進めることができた.特に(2)の機構による異常ホール効果をSrCoO3において実験的に検証し,磁気散乱に比例する異常ホール効果を確認した.また,この成果を論文にまとめ出版した.以上の様に,本年度の計画の成果を元にした実験研究への展開を行った.これは,当初の予定を上回る成果である. 上述のとおり予定以上の進展が得られた為,来年度の計画を前倒しして多項式モンテカルロ法を用いた解析に着手した.現在,三角格子上の近藤格子模型における4副格子秩序相の異常ホール効果の解析を進めている.スキルミオン系と異なり,この系は基底状態が4副格子と比較的小さな非鏡面磁気秩序を生じる.このため,磁気秩序とスキュー散乱の散乱角度差が生じない.スキルミオンには無いこの特徴は,異常ホール効果の振る舞いに大きな差を生じると期待される.そこで,異常ホール効果の振る舞いの差を数値的に解析している.以上の様に,当初の予定を繰り上げて研究を進めている.
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画通り,本年度は引き続き多項式展開モンテカルロ法による数値的研究を進める.「進捗評価の理由」のとおり,現在,当初の計画を前倒ししてモンテカルロ法による研究に着手している.今後は,この手法による三角格子模型の詳細な解析を進める.特に,臨界点近傍や無秩序相などの解析的手法でアプローチするのが難しい温度域の解析を行う.具体的には,ホール伝導度の温度依存性などの揺らぎの影響を定量的に評価する.揺らぎが顕著に効く領域と本質的に基底状態と同じ振る舞いを示す領域とのクロスオーバーやパラメータ依存性において,これまでの研究とは異なる新しい成果が得られると期待している.また,より精度の高い解析を行う為,必要に応じて前述のモンテカルロ法を改良した大規模計算用の手法を用いたシミュレーションを行う.以上の計算から,信頼性の高い数値シミュレーションにもとづいた理論的な理解を目指す. 次に,これまでの弱結合極限の解析に加えて,強結合領域の解析も行う.本課題でこれまで進めてきた研究はスピンと遍歴電子の結合が,電子のフェルミ・エネルギーに比べて十分に小さい場合に有効な理論である.一方で,過去の申請者らの研究では,両者の結合が強い状況下で,弱結合極限とは異なる振る舞いが観られることが知られている.こうした例の一つであるカゴメ・アイスに着目した解析を進める. さらに,当初の予定を上回る進捗があることから,年度後半にはトポロジカル超伝導体中のマヨラナ束縛状態による多重散乱についても研究する.マヨラナ粒子による遍歴的な素励起(ボゴリューボフ粒子)の散乱は近藤問題と類似の理論的側面を持つ.近藤系では,局在スピンと遍歴電子の結合によって輸送現象に特徴的な振る舞いが見られる.そこで,マヨラナ束縛状態による遍歴的な素励起の散乱問題の解析から,これら素励起のホール効果の振る舞いについて理論的に解析する.
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