研究実績の概要 |
芳香族カルボン酸誘導体は市販試薬や合成中間体として頻繁に見られる合成化学におけるユビキタス構造体である。芳香族カルボン酸誘導体は非常に安価であり、複素環合成法においては、原料にカルボン酸誘導体が用いられ、合成後の芳香環上にカルボン酸、およびエステル基は保持される。それらを他の官能基に変換することなく、直接、炭素骨格やヘテロ原子を含む化合物へ変換することは、工程数を低減させるのみならず、合成戦略を一新できる可能性がある。我々は芳香族カルボン酸誘導体の1つである芳香族エステルを標的として、ニッケル触媒を用いた脱カルボニル型反応を世界に先駆けて報告した。本年度は、エステルの非線形型の変換反応として、転移(メタセシス反応)、脱酸素型カップリング反応、エステルダンス反応という3つの新形式の反応を見いだすことに成功した。 脱酸素型カップリング反応:以前、ニッケル触媒存在下、芳香族エステルを用いた有機リン化合物との脱カルボニル型C-P結合形成反応を開発した。この反応では芳香族エステルがアリール化剤として機能し、対応する芳香族リン化合物が得られる。一方我々は、用いる金属触媒をパラジウムへと変えることで、芳香族エステルがベンジル化剤としてはたらき、ベンジルリン化合物が得られることを見いだした。本反応はパラジウム/dcypt、添加剤としてギ酸ナトリウムを用いることで効率的に進行する。 エステルダンス反応:パラジウム/dcypt触媒を用いることで、芳香族エステルのエステル骨格を結合位置のみ変えて、となりの炭素上に移動(1,2-転移)させる「エステルダンス反応」が進行することを見出した。有機化合物に頻出する構造の一つであるエステル骨格を芳香環上で1,2-転移させる反応は本例が初めてである。また、遷移金属触媒を用いることで効率的に進行する芳香族化合物の分子内転移反応は例が無いユニークな反応である。
|