従来、エネルギー伝送において周囲からの雑音は排除すべき対象として考慮されてきた。しかし、近年の量子技術の進展によって生体物質に対する光応答実験が可能となった結果、光合成細菌の光捕集分子が環境世界からの雑音を巧みに利用して光励起エネルギーを高効率で伝送していることが明らかになってきた。世界的研究動向は当該メカニズムを実験・理論の両面から詳細に解明し、この模倣を目指すことが主流となっている。しかし、生体分子の複雑性・冗長性により、その実現には多くの障壁が予想される。この状況を鑑み、本研究は次の段階を見据えた方向性の提案および具体的実現を目指した。
この目的の達成には、生体物質由来の拘束条件を撤廃する必要がある。本研究では、光励起エネルギー伝送の効率向上の本質を、環境世界からの雑音利用に見出し、人工制御した雑音を単純な構造を有する系に印加するスキームに取り組むことで、この困難を克服することとした。その際、具体的なモデルとして、時空間相関を有する雑音を環形状のエネルギーサイトに印加するものとし、1つのサイトを100%励起するという初期条件のもと、その後残りの2つのサイトにエネルギーが伝送されるダイナミクスを求めた。サイト間の空間相関・反相関の組み合わせ、及び、各サイトのエネルギーを系統的に変化させることにより、自律的な輸送の生成条件を特定することに成功し、本研究の当初目標は概ね達成できた。
また、本研究では、領域会議等における議論を契機とし、環境制御による電子輸送の効率化を目指した領域内共同研究及び当研究室所属の若手研究者・学生の育成も行った。その成果は、磁化回転によるスピンポンピングにおける非マルコフ効果や、量子コンピュータの熱設計の基本指針提案についての論文発表として結実した。
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