研究実績の概要 |
本研究の目的は、固体中での電子のミクロな自由度を表現する多極子を用いて、多彩な物性現象を理解する基礎を築くことである。特に、電子の波動関数自由度(s, p, d, f軌道)に着目して、それらの混成軌道がもたらす新規多極子秩序を理論的に明らかにすることである。具体的には、以下の研究成果を得た。 (1) スピン軌道結合金属Cd2Re2O7における電気トロイダル四極子秩序の理論的提案:5d電子系パイロクロア化合物Cd2Re2O7を対象とし、実験で観測されたおよそ200Kと120Kにおける2つの構造相転移が、奇パリティ多極子の一つである電気トロイダル四極子秩序の発現と対応していることを理論的に明らかにした。また、電気トロイダル四極子秩序の発現により、電子状態においてスピン-運動量ロッキングが生じ、さらには電流有機磁気効果や非相反伝導現象が誘起されることを見出した。 (2) コリニア磁気秩序のもとで生じるスピン分裂バンド構造の微視的理解:ミクロな多極子の表現論を用いることにより、スピン軌道相互作用のないコリニア反強磁性において、スピン分裂を示すバンド構造やスピン流生成といった創発スピン軌道物性が実現できることを明らかにした。 (3) 反強電気四極子秩序が誘起するクラスター奇パリティ多極子秩序の理論:ここではf電子系化合物であるCeCoSiを対象とし、そこで観測された特異な電子秩序相を説明するための理論形式を構築した。具体的には、Ceサイトにおける局所的な反転中心の破れやスピン軌道相互作用、d-f軌道混成といった複合的な効果を取り込んだ有効模型を導出し、平均場計算を用いることで交替的な反強電気四極子秩序が発現する可能性を指摘した。さらにこうした交替的な反強電気四極子秩序は奇パリティ多極子の一つであるクラスター電気トロイダル四極子秩序によって特徴づけられることを明らかにした。
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