研究領域 | J-Physics:多極子伝導系の物理 |
研究課題/領域番号 |
18H04310
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
瀧川 仁 東京大学, 物性研究所, 教授 (10179575)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 核磁気共鳴 / スピン軌道結合系 / 多極子秩序 |
研究実績の概要 |
5d遷移金属酸化物Cd2Re2O7は、常温で立方対称の結晶構造を持つが、二つの温度Ts1=200KおよびT2s=120Kにおいて空間反転対称性を破る2段の相転移を示す。理論的には強いスピン軌道相互作用と電子間相互作用によって電子系が自発的に空間反転対称性を破る相転移を示す可能性が指摘され、その候補物質としてCd2Re2O7が注目されている。今年度本研究では、111Cd原子核の核磁気共鳴(NMR)実験によって、電子状態の対称性を微視的に決定することを試みた。Ts1より低温で、立方晶から正方晶への転移に伴うドメインの生成によって、共鳴線が2本に分裂する様子が観測された。共鳴線の分裂の角度依存性から、Cdサイトにおける対称性の低下を系統的に解析するために、NMRナイトシフトの成分を観測しているサイトの点群の既約表現によって分類する手法を考案した。これによってTs1より低温の秩序パラメータがEu対称性を有していることを指示する結果を得た。
希土類Pr化合物PrTi2Al20は、カゴ状クラスターを形成するAl原子によって囲まれた3価のPrイオンがダイヤモンド格子を形成する物質であり、結晶場基底状態が磁気モーメントを持たず高次の四極子や八極子のみを有することから、局在多極子系の最適な研究対象となっている。本研究では、27Al原子核のNMR実験によって低温の四極子秩序パラメータの対称性を微視的に測定したところ、2次元E表現に属する秩序パラメータが、1~2テスラの比較的低い磁場によって不連続に変化する相転移を見出した。更に、結晶の対称性から許される四極子間の相互作用の磁場依存性を取り入れた現象論によって、実験的に決定された四極子相図を再現することに成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
Cd2Re2O7の良質な単結晶を用いて、Cd-NMRの非常にシャープな共鳴線を得ることができ、相転移における共鳴線の分裂および線型の変化を精密に測定することができた。また局所対称性の既約表現に基づくナイトシフトテンソルの一般的な解析法を確立し、その具体的能用例を示すことができた。これは今後のNMR研究において有用な手法となると考えられる。これらは当初想定していなかった進展である。一方で、当初予定していた高圧下の測定は時間と人員の不足によりまだ実現しておらず、その点では計画通り進まなかった部分もある。
PrTi2Al20の四極子秩序に関する研究では、磁場による四極子秩序パラメータのスイッチングという初めての現象を発見し、それを説明するための現象論的モデルを構築できた。これはf電子系の四極子研究における新しい問題を提起した成果であると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
Cd2Re2O7に関しては、これまでCdサイトのNMRにより秩序状態の微視的な情報が得られてきたので、今後は新たに酸素サイトのNMR測定を進め、反転対称性の破れに関する直接的な情報を得るための研究を進める。
またCd2Re2O7における伝導電子系の拡張多極子と比較する上で、5d局在電子系の多極子秩序の研究を進める。対称とする物質はダブルペロブスカイト構造を持つBaMgReO6で、立方対称結晶場のt2g軌道に付随する軌道角運動量とスピンが結合した4重項基底状態を持つ。これは四極子秩序が最もよく研究されたCeB6と同じ対称性を持つ状態であるが、5d系では軌道の混成が強いために、酸素サイトのNMRが有効であることが期待される。
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