研究実績の概要 |
宇宙におけるハビタブルゾーンの決定は該当研究領域の重要な目標の一つである.しかし,従来の議論では液体の水が存在するか否か,といった非常に基礎的な条件がフォーカスされ,その水がもたらすどのような反応場が生命の発生や初期進化に適しているのか,についての評価は進んでいなかった.この問題解決へのアプローチの一つとして,本研究では水-鉱物共存系における生体分子(アスパラギン酸)の生成・濃集・重合挙動の熱力学予測を行った. 実験ではアスパラギン酸(Asp)とその2量体(AspAsp)の酸化鉱物粉末への吸着量を,様々なpH, NaCl濃度,有機物濃度,鉱物/水比条件で調査した.得られた結果を表面錯体モデル(ETLM)で解析することで,吸着平衡定数を導出し,この定数を用いて様々な仮想の水環境でAspの2量体化が進行しうる範囲を計算した.昨年度は酸化鉱物としてゲーサイトを使った研究を行ったが(Astrobiology誌に掲載済),今年度はさらにフェリハイドライト・アナターゼ・ガンマアルミナを吸着体として用いた実験を行い,各鉱物が示すAsp2量体化促進効果を比較した. いずれの鉱物も弱酸性pH,低NaCl濃度,高鉱物/水比条件でより優れた効果を発揮した.特にフェリハイドライト表面ではAspAsp/Asp平衡が大きく2量体サイドへとシフトし,最適条件(pH4, 3mM NaCl, 100m2/g フェリハイドライト)では濃度1mMのAspから約0.1mMのAspAspが得られ,吸着相ではAspAsp/Asp比は約0.5にまで増大すると予測された.鉱物が無い同水質条件ではAspAspの平衡濃度はたった1nMであった.これらの結果は,生体分子の重合挙動には鉱物が大きな影響を持ち,水環境における生命の化学進化を予測するには水と共に鉱物の存在を考慮しなければならないことを示している.
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