研究実績の概要 |
二段式水素ガス銃は衝突研究において理想的な加速器の一つである. これは標準状態(常圧, 室温)にある巨視的(>0.1 mm)な飛翔体をおよそ9 km/sまで加速可能であることによる. ところが飛翔体加速ガスが計測部に侵入し, 化学汚染を引き起こすことから衝突による蒸発, 脱ガス量の計測や化学反応物を測定する目的では利用できなかった. 今年度は二段式水素ガス銃を用いつつ, 銃由来の化学汚染を極力抑える実験手法を確立し, 衝突で発生するガス成分の気相化学分析を行う手順を確立した. 新手法を火星上で実際に発見されている蒸発岩鉱物(岩塩, 含水石膏)に適用し, 衝突速度を系統的に変化させて蒸発, 脱ガスを開始する衝突速度の閾値を計測した. その結果, 火星における天体衝突条件で岩塩は蒸発, 含水石膏は脱ガス(水蒸気放出)を起こすことがわかった. また火星への典型的な衝突速度程度の衝突であれば含水石膏からの大規模な硫黄ガス放出は起こらないことがわかった. この結果は火星表層の塩素分配には天体衝突が寄与し, 岩塩が析出した古塩湖から塩素の水平輸送を促し得ることを意味している. 火星の表層はそのバルク組成に対して塩素に富んでいることが知られており, 古塩湖の分布はかつて液体の水が流れたとされる地域と一致する. 近年火星表層で強い酸化剤である過塩素酸塩が全球的に存在していることが明らかとなっており, 火星表層で有機物が見つからないことの理由として注目されている. 古塩湖に岩塩として固定された塩素を全球に再分配し, 過塩素酸塩に変化させるには何らかの塩素の水平輸送過程が必要になる. したがって本研究で得られた成果は天体衝突によって駆動される塩素の水平輸送が惑星表層の有機物量の進化に関連している可能性を指摘するものである.
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今後の研究の推進方策 |
今後は氷試料作製法の確立を目指す. 今回開発した手法は現時点では世界的にも我々の研究グループの専売特許であり, 地球惑星科学で興味ある様々な標的に適用し, 惑星表層システムの揮発性元素挙動を理解するための基礎データを提供することができる. こういった方向転換も視野に入れながら研究を推進する. 具体的にはK/Pg衝突事件の基盤岩だったことが知られている硬石膏, 小惑星中に含まれる水のキャリアの一つである蛇紋岩, 炭素質隕石と組成が同じになるように調製された模擬粉末試料をすでに手に入れてある. これらを標的に用い, 衝突速度を系統的に変化させた実験も合わせて実施していく.
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