研究領域 | 次世代物質探索のための離散幾何学 |
研究課題/領域番号 |
18H04477
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
伊藤 良一 筑波大学, 数理物質系, 准教授 (90700170)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | グラフェン / カーボンネットワーク / 周期極小曲面 / 離散曲面論 / 触媒 / 逆問題 / 電気伝導 / 化学ドープ |
研究実績の概要 |
どんなに複雑な現象であっても基本的な現象のエッセンスは必ず存在していることに着目し、数学を用いてそのエッセンスを抽出することで材料特性の理解を深く理解し、数学モデル化によって提案される全く新しい幾何学構造体の逆問題的革新的材料開発を目指した。まず、どのような数学の言葉を用いれば材料科学を表現できるかという観点で数学者との議論を重ね、平成30年度では「周期極小曲面を持つグラフェン」、「様々な化学元素をドープされたグラフェン」及び「グラフェンエッジ」の数学モデルの構築を試みた。数学で構築されるモデルは理想的な状態のみを扱うことから不完全で理想には程遠い実在する材料を再現可能なモデル構築はいくつかの点で困難であることが分かった。特に、数学モデルの系サイズと実在する材料の系サイズには大きなギャップが存在し、数学モデルの系サイズを現実の材料で再現することは技術的に難しい課題である。そこで、本年は数学モデルのエッセンスを現実の材料で部分的に再現することを目指した。まず一番取り掛かりやすいモデルとしてエッジ構造(グラフェンのアームチェア型)がある。エッジ構造は系サイズを数学モデルと一致をさせるのは比較的容易であり、数学的にも記述しやすいモデルである。構築した数学モデルから、エッジ構造は幾何学的に歪んでいる状態であり、エネルギー的に不安定であることが明らかとなった。そのエッジモデルに対して炭素以外の元素を組み込むことで幾何学的歪みの解消が予想された。元素を組み込むということは材料科学では化学ドープされるということを意味し、良い触媒サイトになるといわれている。実際に、エッジ構造を持つグラフェンのネットワークを構築したところ、数学モデルから予測されている通りにエッジ部に炭素ではない元素がドープされている状態であることが確認され、良い触媒になるという数学的予測を実験的に実証することができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
数学材料科学連携の手始めとしてグラフェンのエッジ構造が持つ幾何学的不安定性に着目した。グラフェンエッジ構造は安定なハチの巣構造をしているグラフェン格子に物理的な穴を空けていることからそのエッジ周辺は幾何学的に歪みが生じていると数学モデルから確認された。そこで、グラフェンエッジ構造に対して炭素とは異なる化学元素をドープすることで幾何学的歪みの緩和が起こるのではないかと数学モデルから解釈した。グラフェンエッジ構造に対して化学元素がドープされやすいかどうかを検証するために数学モデルを用いて構造安定性を調査したところ、エッジに近ければ近いほど化学元素を取り込みやすいという予測結果が得られた。また、グラフェン格子内部に取り込まれた化学元素は良い触媒特性を持つことが知られているので、幾何学的に不安定なグラフェンエッジ構造が化学元素を呼び込みエッジ自身が良い触媒サイトになると数学的に予測された。これらの数学的予測を検証するために、実際にグラフェン格子にナノサイズの穴を空けて物理的に空けてエッジ構造を意図的に増やしたグラフェンのネットワークを作製し、水の電気分解における水素発生反応に適応してグラフェンエッジ構造の触媒能力を調べた。得られた実験結果より、エッジ部はエッジではない平坦部より100倍程度のプロトン還元電流値が検出された。つまり、エッジ部ではそれ以外の部分と較べて水素発生の触媒能力が大幅に向上していることが明らかとなった。これにより、数学的に導き出された特性予測は実際の材料特性を正しく予測していると証明できた。これらの成果は、国際学術誌Advanced Science誌に掲載され、プレスリリース「グラフェン構造を数学的観点から設計し、その優位性を電気化学イメージングにより初めて実証」を行い、新聞報道もされた。
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今後の研究の推進方策 |
本年は材料科学における特性を予測できるような数学モデルの構築を目指す。また、構築した数学モデルから電気伝導・触媒などの材料特性を予測し、実際に平成30年度に作製した数学モデルに耐えうる極小かつ対称性が整った周期極小曲面構造を持つ3次元多孔質グラフェンを用いて予測された材料特性が実際に発現するか実験的に確認する。これにより離散幾何解析による構造と材料特性の関連性を数学的に理解し、数学から導き出された特性と実在材料特性を比較することで互いの特性の類似点と相違点を洗い出し数学モデルの改善を試みる。さらに、計画班の数学者との議論を通じて数学が得意とする物事のエッセンスの抽出を材料科学へ適応し、数学と実験の連携を深化させながら数学者との数学モデルの構築にも参加する。平成31年度は、 ①周期極小構造を持つ多孔質グラフェンの数学モデルの構築 ②数学モデルから導き出された特性と実験的に得られた材料特性の相関についての検証 について重点的に研究を行う予定である。 ①周期極小構造を持つ多孔質グラフェンの数学モデルの構築については、周期極小曲面を持つカーボンネットワークのモデルや周期極小曲面を持つカーボンネットワークに炭素とは異なる化学元素を格子に入れ込んだ(化学ドープ)モデルを単純なボールとバネによる単純なネットワークを構築する。ボールの大きさ、バネの本数、バネ定数の強さを変えることで炭素とは異なる化学元素に対応させることができ、そのモデルからどのような電気伝導・触媒などの材料特性を導き出す手法の開発を行う。 ②数学モデルから導き出された特性と実験的に得られた材料特性の相関についての検証については、現実の材料を単純化された数学のツールを用いて表現しきるのは困難だと予想されるので、①の数学的予測がどれだけ妥当なのかの検討を行う。また、その結果を数学モデルに還元して新たなモデルの構築へ繋げる予定である。
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