我々はライン共焦点光学系とマイクロ流路セルを組み合わせることで、一分子蛍光共鳴エネルギー移動(FRET)測定により100マイクロ秒程度の時間分解能で一分子のFRET効率の時系列を取得できる装置を開発してきた。しかし、分子夾雑環境中では蛍光を発する夾雑分子が多く存在するため、希薄な目的分子の検出は難しかった。本研究では一分子FRET測定装置を再設計し、分子夾雑環境下で、タンパク質一分子の構造変化を高時間分解能で追跡することを目指した。 2019年度は改良した装置を用いて、細胞抽出液中での一分子FRET測定を試みた。細胞抽出液中では、非常に強い背景光が観察されたが、FRETした成分だけを抽出するデータ解析により、高背景光下でも目的のタンパク質一分子からの信号を取り出すことに成功した。細胞抽出液中のタンパク質一分子のデータは、通常の希薄溶液のデータに比べて、顕著に一分子のFRET効率の揺らぎが大きかった。これは、細胞抽出液中では構造の揺らぎが大きいこと示唆している。 さらに、分子夾雑の影響として溶液の粘性に注目した。αヘリックスを形成するペプチドであるポリアラニンの構造変化が、粘性の違いによってどのような影響を受けるかを、高濃度のグリセロールやショ糖溶液中のナノ秒領域の蛍光相関分光によって調べた、その結果、αヘリックスが伸長する速度は、粘性にほとんど依存しなかった。このことは、αヘリックスが伸長する際には、溶媒分子との摩擦がほとんど無視できることを示唆し、分子夾雑環境中のタンパク質の構造揺らぎに対しての重要な知見が得られた。
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