研究実績の概要 |
ヒトの脳組織は、神経細胞やグリア細胞、血管や軸索など、多様な構成因子が複雑に絡み合い、共同的に機能を発揮していることから、生命科学において最も夾雑性の高い標本と言えよう。本研究では、かように夾雑なヒト脳のシステムを、従来の2次元平面画像ではなく、立体のまま全てを観察する3次元イメージングにより紐解くケミカルプローブの開発を目的とする。 ヒト脳を高度に透明化するための透明化プロトコールの開発に取り組んだ。その結果、1.組織の内在的因子を保存したままの高度な脱脂手法、2.透明化時に生じる組織の褐変およびリポフスチンなどの強度な自家蛍光の効率的な抑制手法を開発することに成功した。脂質除去のための界面活性剤の網羅的スクリーニングを実施した結果、アルキル鎖の最も短い1,2-Hexanediolが既存の界面活性剤の中で、組織の損傷を伴わない最も高効率な脱脂剤であることを明らかにした。広く透明化で使用される界面活性剤SDSに比べて100-1000倍以上高速に脱脂可能な透明化プロトコールを確立した(Inoue et al., Bioorg Med Chem Lett, 2019)。また、種々の酸化・還元反応を探索した結果、過酸化水素や種々の還元剤が高効率に組織の漂白および自家蛍光の消光を伴うことを明らかにした。更に、これらの酸化・還元反応は組織内の化学組成に変化をもたらし、ケミカルプローブの染色性の多様性をもたらすことが分かった。脳研究所の潤沢な剖検サンプルを活用し、ヒト脳透明化標本に適用可能なケミカルプローブの網羅的探索を行った結果、3.30種以上の特徴的な染色性を示すケミカルプローブを発見した。
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