公募研究
細胞内の込み入った環境下においては、タンパク質や核酸の構造、ダイナミクス及び相互作用は、試験管内の希薄環境下とは異なる事が予想されている。細胞内に導入したタンパク質や核酸のNMRスペクトルを直接観測するin-cell NMR法は、この事を検証する上で有力な手法である。我々は毒素タンパク質SLOによって細胞膜に孔を開け、ここから核酸を導入した。導入の際に細胞質及びATP再生系を共存させる事で、導入効率を格段に上昇させる事ができた。これによりヒト生細胞中の核酸のin-cell NMRスペクトルを観測する事に世界で初めて成功した。本研究はこの成果に立脚して遂行した。今回まず生細胞をアガロースゲルに包埋し、これにフレッシュな培地をスペクトルの測定中に供給し続けるバイオリアクターシステムを導入した。これによって細胞が健全な状態でいる時間を大幅に伸ばす事ができ、シグナル/ノイズ比が格段に向上した。良好なイミノプロトンのスペクトルを取得する事で、どのような塩基対が当該核酸中において形成されているのかが即座に分かる。その結果、どのような2次構造が形成されているのかも分かる。今回研究対象とした核酸においては、ヒト生細胞中においてステム=ループ構造(ヘアピン構造)が試験管内同様に形成されている事が結論された。イミノプロトンと水分子の交換速度を求める事で、塩基対の安定性に関する情報を得る事もできた。その結果、ヒト生細胞中においては試験管内と比べて、ステム領域即ち2重鎖領域における塩基対の安定性が低下している事が分かった。さらにその原因は、細胞中の正電荷を有するタンパク質と当該核酸の非特異的な相互作用である事も示唆された。このように我々が開発したin-cell NMR法によって、ヒト細胞内における核酸の構造、ダイナミクス及び相互作用を研究する事が可能となってきた。
2: おおむね順調に進展している
インセルNMR法に改良型のバイオリアクターを導入する事で、細胞の生存時間を延ばし、NMRスペクトルの質を格段に向上させる事に成功した。また、細胞内分子夾雑環境下における核酸の構造に関する情報をインセルNMR法によって取得する事に成功した。さらに細胞内分子夾雑環境下における核酸の安定性は、試験管内希薄条件下とは異なる事を見出し、その原因についても同定しつつある。
細胞内分子夾雑環境下と試験管内希薄条件下における核酸の構造には違いがあるのか、またPEG等を用いた細胞模倣環境下における核酸の構造は実際の細胞中の構造を再現できるのか否かをインセルNMR法によって調べる。また核酸とタンパク質・ペプチドとの相互作用を細胞内で解析する事にも挑戦する。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち国際共著 1件、 査読あり 1件) 学会発表 (4件) (うち国際学会 4件) 備考 (1件)
ChemBioChem
巻: 19 ページ: 2268~2272
10.1002/cbic.201800425
http://www.iae.kyoto-u.ac.jp/bio/