申請者は、夾雑環境と剪断流がタンパク質の安定性に及ぼす影響を研究した。まず、バッファー中と夾雑環境におけるSOD1の立体構造を、NMRを用いて決定したが両者にあまり差はなかった。一方、ミリ秒オーダーのダイナミクスがバッファーと夾雑環境で大きく異なり、夾雑環境の方が、構造ゆらぎが小さいことが分かった。続いて、Rheo-NMRを用いて剪断流によるSOD1のアミロイド線維化過程をリアルタイムにモニターした。剪断流によって天然状態のSOD1の化学シフトは変化しなかったが、アンフォールド状態のシグナルが新たに出現した。このことは、剪断流によってSOD1の天然状態の構造が歪むことなく瞬間的にアンフォールドしたことを意味する。同様なRheo-NMR測定を夾雑環境で行ったところ、SOD1がより速くアミロイド線維化した。 αシヌクレインやユビキチンとATPとの相互作用を解析した。50 μMのタンパク質にATPを滴定したところ、mMオーダーのATP濃度でようやくタンパク質のNMRシグナルの化学シフトがわずかに変化した。このことはATPとタンパク質の相互作用が極めて弱いことを意味する。また、タンパク質のアミドプロトンと水との交換速度を調べた結果、ATPがあると交換速度が非常に遅くなることが分かった。 剪断流によるヘキサユビキチンのアミロイド線維化と水和の関係について解析した結果、剪断流により速くシグナルが減少した領域はループや二次構造の端に集中していた。次にユビキチンの結晶構造を用いて結晶中の水も含めたまま溶媒接触可能表面積(SASA)を計算した。さらに結晶中の水を除去して再度SASAを計算し、両者の差ΔSASAを算出した。ΔSASAが大きい残基は水が外れると大きな空間ができる領域を表す。このΔSASAの大きい領域には剪断流によってシグナル強度が速く減衰するアミノ酸残基がほぼ全て含まれていた。
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