研究実績の概要 |
私たちの脳は、約1,000億個の神経細胞とその周りを囲む同数以上のグリア細胞により構成され、細胞内外に存在する多種多様な物質がひしめく「超夾雑環境」で機能している。この複雑かつ雑多な生体環境において、神経細胞はある特定の細胞とシナプスを介して結合し、各記憶・学習に必須な神経回路を構築する。そのため、回路内におけるシナプスの形成過程や動作機構を明らかにすることは、記憶・学習を分子的に理解する上できわめて重要である。近年、光や合成化合物を用いて、神経活動を人為的に制御する技術が注目されている(光遺伝学および化学遺伝学)。しかし、これらの技術の多くは神経細胞の興奮性を制御する、いわゆる1細胞レベルの制御技術であり、シナプスレベルの現象を制御しうる方法はほとんど例がない。そこで本研究では、記憶・学習の分子的理解をめざし、シナプス機能を人為的に制御しうる新しい技術の開発に着手した。 今年度は光によってシナプス機能を制御する新規光遺伝学技術の開発を中心に進めた。具体的には、興奮性シナプス伝達を担うAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)の輸送を制御しうる光感受性H+ポンプを作製した。これまで、AMPA受容体の細胞内取り込み(エンドサイトーシス)によって生じる長期抑圧(シナプス可塑性の1種)は、記憶・学習の分子基盤と考えられている。そこで、上記のH+ポンプを脳内神経細胞に発現させて、光照射すると、興味深いことに、長期抑圧を阻害することができた。次に、このH+ポンプをマウス脳内に発現させ、記憶・学習課題を行うと、驚くべきことに、光依存的に記憶・学習を制御することにも成功した。これらの結果から、脳内で生じる長期抑圧が記憶・学習の形成過程に直接的に関与していることが確認できた (Kakegawa et al., Neuron, 2018)。
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