これまでに我々は運命決定における確率性の存在が、ERK核移行におけるアナログ・デジタル変換機構に由来する可能性を見出しており、ERKは細胞質内から核膜に到達し、しばらく滞在したのち核膜孔にたどり着いて核質内へと移行すると予想された。全反射顕微鏡の時間分解能は100ミリ秒程度であり、細胞膜上の分子の1分子追跡が可能であったため、我々は細胞深部の核膜においても1分子計測が可能な顕微鏡を構成することで、実際に100ミリ秒の時間分解能においてERKが核膜孔を通過するまでに核膜上に滞在する様子を観察することに成功した。さらにERKの核膜孔通過のキネティクスを明らかにするためには、細胞内部で拡散する分子の動態を調べる必要がある。これを実現するために、1)全反射顕微鏡による計測の高速化を行い、10ミリ秒程度の時間分解能の計測が可能となり細胞質を拡散するタンパク質1分子の追跡が可能となった。核膜のような不均一環境ではその拡散係数は場所により不均一になっていると予想される。我々は隠れマルコフモデルを用いた統計解析により、1分子追跡した各軌跡の変位情報から拡散係数の変動を予測する手法を開発した。また、2)共焦点顕微鏡の画像解析による蛍光相関分光法(FCS)の開発を行い、各画素の時系列情報からそれぞれの位置における拡散係数を推定することが可能になり、多点FCSを実現した。この手法により細胞内のFCS計測が可能となった。上記1)2)の研究によりERK核膜孔通過のキネティクスのみならず、様々な細胞内の分子動態を定量的に解析する基盤技術が創出することができた。
|