本研究では、ショウジョウバエの変態初期に幼虫の体を覆うクチクラの変形によって全身体型の変化が引き起こされる過程に着目し、クチクラの変形を幾何学的に説明することを目指してきた。前年度までの結果から、クチクラ中のキチン繊維のミクロな配置には変化がないことが明らかとなり、代わりに幼虫期のクチクラが胴囲方向に折り畳まれた構造になっていること、変態初期にその折り畳み構造が展開されることによってクチクラ全体が胴囲方向に伸びることが示唆された。本年度はこのクチクラの変形に必要である、キチン結合ドメインを持つクチクラタンパク質Obstructor-E (Obst-E)のクチクラ中における動態を解析した。その結果、幼虫期にはクチクラの「山折り線」の中心にObst-Eが集積する様子、変態初期のクチクラの展開と同期してObst-Eの集積が解消される様子が見出された。これらの結果から、Obst-Eタンパク質がクチクラ中でキチンと結合しながらダイナミックに折り畳み構造を作り出し、変態初期には何らかの因子がObst-Eの集積レベルを低下させることによってクチクラの展開を誘導すると考えられた。クチクラは従来、表皮から産生されたキチンとクチクラタンパク質がその場に定着しただけの静的・受動的な基質だとみなされてきたが、本研究ではその固定観念をくつがえし、クチクラの中で繰り広げられるタンパク質のダイナミックな働きによってクチクラそのものが変形するという新たな知見を得ることができた。
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