公募研究
本年度は接ぎ木技術を使って野生型と受容体変異体を接合した後、根からペプチドを吸収させ、葉でのNCED3の発現を解析した。葉が野生型の遺伝形質を持つ接ぎ木植物では、根からペプチドを吸収させると、数時間後に葉でのNCED3遺伝子の発現上昇が起こった。一方、葉の遺伝形質が受容体変異体である接ぎ木植物では、根からペプチドを吸収させても、葉でのNCED3遺伝子の発現上昇は認められなかった。この結果は、根から吸収されたペプチドは、葉の維管束で、受容体と会合することで、維管束細胞内のNCED3遺伝子の発現上昇をひき起こすことを示している。加えて、受容体遺伝子の組織特異的発現を解析するために、受容体遺伝子のプロモーターにGFPを付加させた形質転換植物体を作成した。2つあるペプチド受容体の1つに関しては、根や葉の維管束組織で発現していることを明らかにした。この結果は、道管を使って根から葉に移動するペプチドは、維管束組織で発現している受容体と結合して、下流にそのシグナルを伝えていることを示唆する。今後は、もう一つの受容体の組織特異的発現場所に関しても、解析を進める予定である。次に、受容体変異体における、乾燥ストレス処理時に蓄積するアブシジン酸(ABA)の量を測定した。野生型植物体では、乾燥ストレス処理後、葉でABAが蓄積することを明らかにした。また野生型植物体でも、根ではほとんど乾燥ストレス依存的なABAの蓄積は検出されなかった。一方、受容体変異体の葉では、乾燥ストレス処理後も、ほとんどABAの蓄積はおこらなかった。この結果から、乾燥ストレス時に、根から葉に移動したペプチドが、維管束組織で受容体と結合すると、NCED3遺伝子(ABA合成酵素)の発現を介して、葉でのABA蓄積がおこることが示唆された。
2: おおむね順調に進展している
今年度の研究成果として、接ぎ木技術を使って野生型と受容体変異体を接合し、根からのペプチド吸収処理依存的な、葉でのNCED3遺伝子の発現を解析することで、ペプチドが道管組織を根から葉に移動するという仮説を、より裏付ける結果を得ることができた。これまで根へのペプチド吸収処理が、その後2次的なシグナル因子に変換されて、根から地上部に移動する可能性が考えられていた。しかし今年度は、ペプチド受容体を用いて接ぎ木実験を行ったことで、ペプチドが道管を通って根から葉に移動する点、葉でペプチドが受容体に受容されてその後のシグナル伝達を制御しており、ペプチド処理による2次的なシグナルの移動ではない、というこれまであった2つの疑問を明確に払拭できる結果を得られたことは、成果として大きいと考えている。またプロモーターGFP植物を使って、受容体の発現組織を観察し、維管束組織で受容体が発現していることを明らかにできた点も、上記の結論を補完する重要な結果になると考えている。また植物体における乾燥ストレス条件での生理応答の変化として、気孔の閉鎖、ABAの蓄積、乾燥ストレス耐性遺伝子の発現などが挙げられる。本年度は、受容体変異体では、乾燥ストレス条件下でもABAが蓄積しにくいという生理応答の表現型を明らかにすることができた。乾燥ストレス条件でのABAの蓄積は、ABA合成酵素NCED3の発現上昇に、直接関係していることがこれまでに報告されている。受容体変異体では、根からのペプチド吸収処理、および乾燥ストレス処理時に、NCED3の発現上昇が見られないという結果から、受容体変異体で乾燥ストレス条件下でABAが蓄積しにくいという理由は、NCED3の発現制御の異常が原因であると裏付けられた点も、非常に大きい成果だったと考えている。以上の研究活動から、本研究課題は、概ね順調に進展していると考えられる。
次年度では、残りの受容体遺伝子の組織特異的発現を、引き続き解析する。近年、植物の受容体型キナーゼの網羅的試験管内相互作用の実験から、ペプチドを受容する受容体はダイマー(2量体)を形成すること、またそのダイマー形成では、ヘテロな受容体型キナーゼがより多く複合体を形成することが報告された(Smakowska-Luzan et al., Nature, 2018)。従って、現在突き止めているペプチド受容体が、2遺伝子存在することは、上記の研究報告に合致している結果である。従って、残りの受容体も、他方と同様に維管束組織で発現していることが、ヘテロ2量体を形成してペプチドを受容するメカニズムに重要な点であると考えている。また、これまではABA合成酵素であるNCED3遺伝子の発現に着目して解析を進めているが、その他の乾燥ストレスおよびABA依存的に発現誘導される遺伝子群が、受容体変異体内でペプチド処理および乾燥ストレス条件下で、どのような発現パターンを示すかを明らかにすることは、重要であると考えている。乾燥ストレスに対する植物の生理応答の1つである、遺伝子発現制御の観点から、ペプチド-受容体が制御するABA合成を介した遺伝子制御の一端を明らかにする計画である。さらにペプチド受容体群は、NCED3の発現を制御するメカニズムとして、リン酸化シグナル伝達を使っていると考えられる。高感度質量分析計LC-MS/MSを使って、網羅的なリン酸化プロテオーム解析を行い、ペプチド-受容体モジュールの直接的な下流因子の同定を行う。研究支援センターの質量分析部門と共同研究を行うことで、リン酸化ペプチド濃縮・精製のノウハウを学び、微量なリン酸化ペプチドも検出することで、ペプチド-受容体の下流候補因子を同定する成功率を高めることも検討する。
すべて 2019 2018
すべて 雑誌論文 (6件) (うち国際共著 1件、 査読あり 6件) 学会発表 (12件) (うち国際学会 2件、 招待講演 6件) 図書 (2件)
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